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白い表紙、半導体と地球のイラスト

書籍名

経済安全保障と半導体サプライチェーン

著者名

戸堂 康之、西脇 修 (編著)、松本 泉、 吉本 郁 (著)

判型など

136ページ、A5判、並製

言語

日本語

発行年月日

2023年7月10日

ISBN コード

978-4-8309-5228-9

出版社

文眞堂

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

経済安全保障と半導体サプライチェーン

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2022年5月の経済安全保障推進法成立を一つの画期として、日本において「経済安全保障」という言葉が注目を浴びつつある。その重要な領域の一つとして、半導体サプライチェーンについての関心も近年高まりを見せている。しかし、「経済安全保障」とは実際に何を意味し、なぜその重要性が増しているのだろうか。そしてそこに半導体サプライチェーンはどのようにかかわり、現実にどのような政策がとられ、何が有効なのだろうか。本書は国際経済学、国際通商法、国際政治学とそれぞれ専門を異にする研究者・実務家がこれらの問いに答えるべくそれぞれのアプローチで取り組んだ成果である。
 
「経済安全保障」とは何か、半導体サプライチェーンはそこにどう関係しているのか、という基本的な問いに答えるのが西脇修の担当する第1・2章である。半導体は現代のデジタル社会において社会インフラを構成する上で極めて重要であるが、半導体関連産業は材料、設計・製造 (デバイス)、製造装置といった工程に分かれ、国境をまたいだサプライチェーンによってつながっており、一国内でその生産を完結できないがゆえにこうしたサプライチェーンを通した国家間の相互依存関係は互いの「脆弱性」となって表われ、他国によってこうした「脆弱性」が利用されうるというリスクを抱えることになる。近年、中国の急速な台頭に伴い冷戦終結後の米国を中心とした国際通商秩序が揺らぐ中、WTOのような国家間の協調に基づく制度によるリスク管理の限界が露呈し、国ごとの「経済安全保障」が前面に出てきたのである。
 
そして現実にとりうる手段として、他国に利用されうる脆弱性の克服を図る「守り」(そして狭義の経済安全保障はこちらを指す) と他国に対して技術優位性の確保を目指す「攻め」(従前から「エコノミック・ステイトクラフト」と呼ばれてきたもの) との二種類があるとの鈴木一人による指摘を踏まえ、日本の経済安全保障推進法もその両面を含むものであることを明らかにする。半導体サプライチェーンに当てはめれば、「守り」の側面とは「経済社会に欠かせない製品としての半導体を確保する」ことであり、「攻め」の側面とは「優位にある技術を維持・発展させ、技術優位性を保つ」ことである、ということになる (6頁)。米国も、半導体サプライチェーンにおける中国の台頭をうけ、中国に対する強力な輸出規制と国内での半導体生産・研究開発に対する補助金投入を通じ技術優位性を維持する (「攻め」) とともに、国内での生産能力を高め中国への依存低減 (「守り」)  を図っている。順番は前後するが、松本泉による第4章は、これら「攻め」と「守り」に関する日米の政策について、その背景とそれぞれの意義を含め国際通商法の観点から詳細に論じている。
 
それでは、これらの政策を現実にどう評価すべきなのだろうか。この問いに、国際経済学の知見を踏まえて答えるのが、戸堂康之による第3章である。日本は半導体輸入を台湾に、電気電子機器の輸入を中国に大きく依存しており、その依存度は国際的にも際立っているが、その地政学的リスクを考えると国内経済への潜在的影響も極めて大きい。これに対処する方策として、第一に、熊本へのTMSC工場誘致などで注目されているような生産拠点の国内回帰だけではなく、安全保障上のリスクが低いと考えられる友好国を中心にサプライチェーンの多様化を企業に促し、そのための情報収集やマッチングなどの面での支援を拡充していくことであるとする。また、半導体産業をターゲットとして補助金を供給する「産業政策」についても、産業内の競争を妨げる形で特定の企業を支援するのではなく、相互に連関する産業全体に幅広く支援を行っていくこと、研究開発のように公共財的性質の強い分野への支援、特に国際的な共同研究の活性化を促していくことが重要であると提言している。
 
執筆者は、自身が担当した第5章において、米国に焦点をあて、同国の半導体サプライチェーンをめぐる政策がどのような国内政治における過程を経て生み出されてきたものなのかを明らかにしようと試みた。結論から言えば、結果として「攻め」としての輸出管理、「守り」としてのサプライチェーンの強靭化という形で一見一貫した「経済安全保障」政策が形成されてきているように見えても、現実にはそれを進める政策担当者や支持する民間企業などの思惑は様々であり、こうした諸勢力のバランスの下に現在の政策も成り立っているということである。たとえば大統領のリーダーシップの観点からいえば、トランプ前大統領の貿易赤字削減という目標やバイデン現大統領の「中間層のための外交」のように国内産業保護という目的も半導体への産業政策を中心に強い影響を与えている。他方で、米国の半導体産業自体は前述の世界的なサプライチェーンの広がりを通じてその選好も多様化し、生産コストを上げたり既存のサプライチェーンに打撃を与えるような形での国家の介入は望んでいない。
 
西脇が「はしがき」で触れているように、本書は執筆者がそれぞれの専門分野の見地に立って、事前の調整などを行わず自由に論じたものであるが、標題について議論する際の共通の土台を提供したいという意識は共有している。政策としての経済安全保障を論じる際にはまずその定義を整理し、さらにその目的と手段を明確化した上で、現実の政策効果を見極める必要がある。執筆者が米国国内政治について明らかにしたように、「エコノミック・ステイトクラフト」の旗印の背後には保護主義や産業政策などをめぐる様々な利害が混ざりあうが、それは戸堂が指摘するような競争の阻害に由来する非効率をもたらし、所期の目的の達成にもつながらない可能性もある。半導体サプライチェーンをめぐる経済安全保障の動向について、いま起きていることを理解したい、また、今後の展望を得たいという方々にとって本書が助けになれば幸いである。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 講師 吉本 郁 / 2023)

本の目次

第1章 経済安全保障と半導体サプライチェーン (西脇 修)
第2章 国際的な半導体産業の発展と半導体産業を巡る攻防 (西脇 修)
第3章 半導体・電気電子機器産業のサプライチェーンの強靭化 (戸堂康之)
第4章 半導体サプライチェーンと国際通商法 (松本 泉)
第5章 トランプ~バイデン政権下の半導体産業をめぐる米国国内政治 (吉本 郁)

関連情報

受賞:
日本貿易学会奨励賞 (令和5年度著者の部) 受賞 (日本貿易学会 2024年5月24日)
http://jaftab.org/?p=3361

書籍紹介:
『経済』 2023年11月号
https://www.shinnihon-net.co.jp/magazine/keizai/detail/id/62311
 

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