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書籍名

21世紀の国際環境と日本008 民主主義を装う権威主義 世界化する選挙独裁とその論理

著者名

東島 雅昌

判型など

399ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2023年3月3日

ISBN コード

978-4-8051-1283-0

出版社

千倉書房

出版社URL

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民主主義を装う権威主義

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独裁体制 (権威主義体制) というと、ナチズムやスターリニズムのような抑圧と不正にもとづく恐怖政治が想起される。現代の独裁制でもそうした人権や権利の侵害がしばしば起こるが、同時に冷戦終結後から、選挙に野党を参加させ政党間競争を許すことで、あたかも十全な民主主義国家のように振る舞う権威主義体制が増えてきた。本書では、こうした「民主主義を装う権威主義」の統治の論理を解明するために、権威主義体制の政治指導者 (独裁者) たちが実施する選挙のあり方に光を当てている。
 
独裁者であっても、抑圧や暴力といった強制的手段のみに頼って国家を統治することは難しい。例えば、抑圧を恐れて人々が体制批判をしなくなると、内政の課題が分かりにくくなる。また、こうした手段の過度な行使は、人々の不満を蓄積させ、独裁体制を揺るがす反政府行動へと人々を駆り立ててしまう。とはいえ、政治の風通しを良くして、例えば選挙をできるだけ不正や操作の少ないものにしてしまうと、独裁者はそもそも選挙に圧勝できなくなる。競争選挙を行う現代独裁制では、この「選挙のジレンマ」にいかに対処するのかが、独裁者の命運を左右するのである。
 
このジレンマをどのように独裁者たちは乗り越えていくだろうか。その一つの方法として、本書は独裁者の行使する大規模なバラマキ政策に着目している。経済的果実を効果的に分配して大衆支持を引き出すことができれば、不正や選挙制度の操作に訴えず選挙で圧勝することができる。逆に、「選挙のジレンマ」への対処を見誤ると、クーデタや野党の選挙勝利、抗議運動をつうじ、選挙は独裁体制を揺るがすこととなる。
 
この主張を実証的に検討するために、中央アジアに位置するカザフスタンとキルギス共和国の比較事例研究と戦後世界の独裁制をカバーした統計分析を併用している。1991年のソヴィエト連邦解体後、よく似た地点から独立国家として出発した両国は、選挙を行うごとに体制が堅固化されるカザフスタンと、逆に選挙が体制を不安定化させたキルギス共和国といったふうに体制の命運が分岐していった。天然資源価格の高騰とそれに伴ってバラマキ政策を強化できたカザフスタンの指導者ナザルバエフは、選挙操作を低減させつつ選挙に圧勝することができた。対照的に、資源の恩恵に与かれなかったキルギス共和国の指導者アカエフは、過度な選挙操作に頼らざるを得ず、それは選挙をきっかけとした「チューリップ革命」につながっていく。こうした傾向は、世界の独裁制一般にも見られた。すなわち、天然資源を有し政党組織などを駆使して草の根まで効率的に経済的果実を分配できる独裁制ほど、露骨な選挙不正を慎み、与党の議席を増幅しない選挙制度を採用していた。そして、経済分配と選挙操作のバランスをとり損なうと、クーデタや抗議運動を通じて独裁体制が危機に晒される傾向にあった。
 
本書の知見は、たとえ独裁者であってもできることなら有権者の歓心を買うことで、体制の正統性を引き出そうとするという独裁体制の逆説を示唆する。また独裁者は、国内の力関係を考慮にいれつつ戦略的に選挙を設計するが、それに失敗するとたちまち苦境に陥ることとなる。中国の台頭やロシアのウクライナ侵攻を経て「権威主義」と「民主主義」の対立が深まる現在、我々は権威主義の政治を理解不能で異質なものだとみなしがちである。しかし、そこには我々が正しく理解すべき独裁政治の論理ともいうべきものが、存在するのである。
 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 准教授 東島 雅昌 / 2023)

本の目次

第1章 現代の独裁体制
第2章 政治体制と独裁選挙の歴史的変遷
第3章 選挙権威主義の原理と論理
第4章 独裁制と選挙不正
第5章 独裁制下の制度の操作
第6章 独裁者によって操られる経済政策
第7章 独裁者に牙をむく選挙
第8章 選挙操作から利益の分配へ―盤石化するカザフスタンのナザルバエフ体制(1991~2007)
第9章 選挙操作から体制の崩壊へ―弱体化するクルグズスタンのアカエフ体制(1991~2005)
第10章 権威主義と民主化のゆくえ
 

関連情報

受賞:
第35回アジア・太平洋賞 (一般社団法人 アジア調査会 2023年10月)
http://www.aarc.or.jp/apshow.html
 
第66回 日経・経済図書文化賞 (公益社団法人日本経済研究センター 2023年11月)
https://www.jcer.or.jp/about-jcer/bunka
 
第45回 サントリー学芸賞 [政治・経済部門] (SUNTORY 2023年11月)
https://www.suntory.co.jp/news/article/14496-3.html
 
受賞 [英語版: “The Dictator's Dilemma at the Ballot Box: Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies” (University of Michigan Press)]:
第44回 アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞 (アジア経済研究所 2023年)
https://www.ide.go.jp/Japanese/Award/2023.html
 
The Ed A Hewett Book Prize (Honorable Mention, 2023), Association for Slavic, East European, and Eurasian Studies  (2023 ASEEES PRIZE 2023年9月)
https://www.aseees.org/news-events/aseees-news-feed/2023-aseees-prize-winners-announced
 
自著解説:
著書を語る614「現代の独裁は民主主義の合わせ鏡か」 (『書標』 2023年7月号)
https://honto.jp/library/store/news/1774/syohyo202307.pdf
 
著者インタビュー、対談:
第35回アジア・太平洋賞決定「受賞者インタビュー・寄稿」 (『アジア時報』通巻591号 2023年11月号)
http://www.aarc.or.jp/jiho.html
 
「選挙」を中心に考える 権威主義と民主主義のゆくえ【武内宏樹】【東島雅昌】 (『公研』 2023年8月号)
https://koken-publication.com/archives/2512
 
新刊著者訪問 第44回
民主主義を装う権威主義 著者:東島 雅昌 (東京大学社会科学研究所ホームページ 2023年7月20日)
https://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/interview/publishment/higashijima_2023_07.html
 
特別連載: インタビューで知る研究最前線 (『アジア経済』LⅫ-4 2021年12月)
https://doi.org/10.24765/ajiakeizai.62.4_79
 
関連エッセイ・対談:
東島雅昌「現代独裁制の謎を解明、独裁者はできるだけ「公正な選挙」を好む」 (『Webアステイオン』 2023年2月22日)
https://www.newsweekjapan.jp/asteion/2023/02/post-101.php
 
浅古泰史 × 東島雅昌 「『民主主義 vs. 権威主義』のゆくえ」参考文献+データの紹介!(経セミ2022年10・11月号より) (経済セミナー編集部 | note 2022年9月27日)
https://note.com/keisemi/n/ndfe14f21f15a
 
書評:
「春秋」 (『日本経済新聞』 2023年11月18日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO76239450Y3A111C2MM8000/
 
待鳥聡史 (京都大学教授) 評 (第45回サントリー学芸賞 選評 2023年11月14日)
https://www.suntory.co.jp/news/article/14496-3.html#b
 
古城佳子 (青山学院大学教授) 評 「第35回アジア・太平洋賞 大賞に東島雅昌氏」 (『毎日新聞』 2023年11月12日)
https://mainichi.jp/articles/20231112/ddm/010/040/012000c
 
中林 真幸 (東京大学教授) 評「選挙する独裁政権の経路」 (『日本経済新聞』 2023年11月3日)
https://www.jcer.or.jp/jcer_download_log.php?f=eyJwb3N0X2lkIjozNzQ4MiwiZmlsZV9wb3N0X2lkIjoiMTA5NjQwIn0=&post_id=37482&file_post_id=109640
 
前田健太郎 (東京大学教授) 評 「露骨な不正を避け公平性を演出」 (『朝日新聞』 2023年5月6日)
https://book.asahi.com/article/14901107
 
砂原庸介 (神戸大学教授) 評 (Sunaharayのブログ 2023年4月12日)
https://sunaharay.hatenablog.com/entry/2023/04/12/181833
 

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