
書籍名
1930年代の只中で 名も無きフランス人たちの言葉
判型など
240ページ、四六判、上製
言語
日本語
発行年月日
2023年10月
ISBN コード
9784865783988
出版社
藤原書店
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
英語版ページ指定
歴史といえば、世界史、日本史の教科書に載っているような、戦争や革命などの大きな出来事を思い浮かべるかもしれない。実際、従来の歴史学はこうした大事件に焦点を当てる、「事件史」を編んできた。しかし、本書『1930年代の只中で ― 名も無きフランス人たちの言葉』 (原著2019年) が取り上げる「歴史」はこれとは大きく性質を異にしている。著者アラン・コルバンは、世界大戦の時代、戦争そのものというよりは、大状況の陰に隠れて見えづらい「普通の人々」、しかも、一地方リムーザンの人々の姿を描く。
コルバンの取り組む、この一見奇妙な歴史学は、20世紀初頭以降、アナール学派と呼ばれる歴史家たちによって実践されてきた新しい歴史学の系譜に位置付けられる。わかりやすい大事件や大人物に注目するのではなく、こうした事件等を引き起こす深層の社会構造、あるいは、事件の背後にうごめく人間たちの精神、すなわち集団的なメンタリティーに関心を向ける。コルバンも、この流れを引き継いで、名も無き人々が当時、物事に対してどのように感じていたかを辿る「感性の歴史」を発展させてきた。
コルバンの代表作『においの歴史』(藤原書店) などに比べると本書は小ぶりだが、その分読みやすいとも言え、また、コルバンの手法を簡明によく示している。第一次世界大戦後の安定した時期から、ナチズムが台頭し、緊迫していく戦間期フランスの一地方リムーザンで、庶民たちは、何を思い、何を感じていたのか。こうした人々の実感は、図書館等に残された資料からは見えてこない部分が多い。コルバンは、当時を生きた人々に直接話を聞きに行った。本書は、このインタヴューの記録であり、全編が鉄道員、学校教師、郵便配達員といった人々の無数の言葉の引用からなっている。本書を読んでいると、大事件に注目する歴史は、クリアでわかりやすい反面、何か抽象的で、現実感の薄いものだったと気付かされる。大きな歴史の背後には、その歴史の只中で実際に生きた現実の人々が存在する。不要な細部として捨象される個々人の生の実感にこそ、本質的なものがあるような気がしてくる。
こうした性質は、コルバンの歴史を「文学」に近づける。文学者たちは、個人に強くフォーカスしながら、そこから見えてくるその時代の、あるいは普遍的な、人間精神の有り様を示そうとする。コルバンの歴史は文学者ほど個人を掘り下げないが、いわば巨視的な歴史と微視的な文学の間に立って、二つの領域を繋ぐものであり、実際、コルバンは文学作品を資料として重要視するし、逆にその著作が文学研究者から参照されることも多い。それは、人間精神の探究を重んじ、文学や芸術に高い価値を置いてきた、フランスの伝統に共鳴する歴史学とも言える。コルバンの著作は邦訳が多く藤原書店から刊行されている。ぜひ気になるタイトルを手に取って、学校で学んだ歴史とは大きく異なる時空を渉猟していただきたい。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 講師 實谷 総一郎 / 2024)
本の目次
序 幕
第1章 革命の脅威?
第2章 驚くべき意見の分断
第3章 火の十字団、不安な同盟
第4章 失業のこけ脅し
第5章 イタリア人労働者、芸術家にしておどけ者
第6章 エチオピア皇帝に哀れみを
第7章 国際連盟、希望と不信
第8章 本来危険なドイツ
第9章 イギリス人、先祖代々の宿敵……
第10章 ロシア人、1917年の裏切り
第11章 人民戦線、強い記憶
第12章 ブルム、情動の創造者
第13章 ブトゥール、リモージュの化身
第14章 1936年、意外性のない選挙
第15章 1936年から1967年、政治的分裂の後退
第16章 高揚感のない満足
結論
補遺
謝辞
訳者あとがき(寺田寅彦)
人名索引
関連情報
『Paroles de français anonymes: Au coeur des années trente』(2019年刊)
https://www.amazon.fr/Paroles-fran%C3%A7ais-anonymes-ann%C3%A9es-trente/dp/2226437320
書籍紹介:
新刊・おすすめ書籍 (『ふらんす』 2023年12月号)
https://webfrance.hakusuisha.co.jp/posts/7686