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名所江戸百景、真崎辺りより水神の森内川関屋の里を見る図

書籍名

Utagawa Hiroshige (歌川広重の声を聴く) Seeing Landscape through his eyes (風景への眼差しと願い)

著者名

Mika Abe (著)、 Sam Bamkin (翻訳編集)

判型など

264ページ、菊並製

言語

英語

発行年月日

2023年2月

ISBN コード

9784814004850

出版社

Kyoto University Press & Trans Pacific Press

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

Utagawa Hiroshige

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風景は時間とともに変化する運命にあり、世代ごとに人々の生活を異なる形で形成している。しかし、ノスタルジーが掻き立てられ、人々が自分の生い立ちや生活を通じて築かれた風景に固執するのは、まさに人々が変化の時期を過ごしていることを意味する。時間の移り変わりが明白な現代は、急速な近代化のひとつでもある。人々は消えゆく風景の基準点を掴もうとする。このように考えると、江戸時代と私たちの時代は似ていると言えるのではないだろうか。江戸時代を振り返ることは、風景とは何かを考えるきっかけになり、現代の生活に完全に関連する抽象的な問いかけとなりえる。本書は風景画家の目を通して、風景の意味を探る。この風景画家は、歴史的人物ではあるが、我々自身にも近い時代に生き、働き、執筆した。
 
江戸の風景に関する研究は本書が初めてではない。特に、浮世絵に描かれる風景についてはこれまで多くの研究がなされてきた。このトピックは時代を超え人々の関心を引き付け、説明できないほどに日本文化の成熟に関連している。本書は、これまでの研究を基にしながら、江戸時代末期の日本文化への永続的な関心を鋭く意識している。江戸末期は急速な近代化による新時代を迎えようとしていたからである。しかし、本書の内容でより興味深いのは、現在の不確実な世界における風景に関する考察から得られる教訓である。江戸時代の前は長引く内戦の時代でもあったが、初期の江戸は熱狂的建設、政治的激変、社会的変化の時代であり、世界で最も人口の多い都市において、芸術全般、特に印刷文化が繁栄した。江戸は、芸術、市民生活の成熟、および文化の普及を通じて、近代化に向けて急速に発展していった。そしてまた、人々が古いもの、新しいものの間で揺れ動くのも、まさにこうした時代である。明治時代には江戸時代への敬意を込めた芸術を生み出した人たちがいた。平成を生きた人々もまた、昭和を懐かしんでいたかもしれない。多くの人々にとってこうしたノスタルジーは、求める対象が遥か遠くに消えていくまで、噛みしめることはないかもしれない。しかしこのノスタルジーは、芸術品に向けられるものではなく、その基礎、すなわち芸術品を生み出す文化に向けられるものである。この点で、江戸の風景を研究することは、芸術の美の本質を見出すために必要不可欠であるだけでなく、私たちが現在生きる時代を解釈するためにも欠かすことができないものであると言える。これが本書の出発点である。すなわち、芸術家であり、空想家であり、風景画の巨匠である歌川広重の軌跡を辿る長い旅、の出発点である。それは彼の目を通して、風景に関する新たな視点を見出そうという試みである。
 
広重の意識は過去の作品により仲介されているが、自らの目で見た彼の文化的・芸術的な独自性にも触発されている。また彼の意識は、販売の責務によってさらに中庸化され、意図する顧客の知覚に答えた。これは受け身のプロセスではなく、能動的プロセスであり、広重は客が何を求めるのかを想像し、仮説を立て、その要求を自身の意識的および無意識的な風景認識に組み込んだ。したがって、広重の作品を研究するには2つの視点による研究が必要となる。第1に、広重が理解した当時の有名な風景の一般的な印象の分析が必要である。そして第2に、広重の風景に対する特別な認識、つまり彼がどの現場に引き付けられ、それを高く評価した理由、および彼の風景認識の価値を検討し、彼のその後の作品を理解し、後期近代の大都市に住む我々にとっての深い意味を理解する必要がある。
 
広重の傑作『名所江戸百景』は、有名であり、かつ芸術としての完成度も高いと評価できるかもしれないが、この画は広重の初期の作品である。先行研究では、広重の先行作品『絵本江戸土産』がその基となった作品とされているが、それゆえに『絵本江戸土産』自体の分析は従属的な位置に置かれている。異論をはさむわけではないが、本書は、それ自体で初期の作品を検討し、広重が風景に関する特別な視点を養う経緯の一部として検討する。そして何より大切なことは、それ以後の彼の作品を理解する分析のツールとしてこの作品を検討する。傑作とは異なり、版画と言葉の双方が含まれている。このように、この作品の分析は、広重の風景に対する特有な感性を理解する上で大きな貢献をする。
 

(紹介文執筆者: グローバル教育センター 講師 サム・バンキン / 2024)

本の目次

Introduction
広重の風景観から何を学べるか―はじめに

Part I: The Metropolis and the Artist
(第I部 大都市江戸と絵師広重)

1. Hiroshige’s Edo: An Unprecedented Metropolis
 第1章 空前の大都市─広重の生きた江戸のまち
2. Ukiyo-e Prints: A Popular Amusement in the “Floating World”
 第2章 庶民の娯楽 浮世絵版画
3. Hiroshige the Artist
 第3章 成熟・変動の時代と絵師 歌川広重

Part II: Exploring Hiroshige’s Landscape Perspective Through His Words
(第II部 広重の風景観を言葉から探る)

4. An Analytical View of Ehon Edo Miyage
 第4章 『絵本江戸土産』と分析の視角
5. Ehon Edo Miyage: Genre, Content and Composition
 第5章 『絵本江戸土産』挿絵の構図を読む
6. “Fūkei” by Hiroshige and How Its Synonyms Are Used
 第6章 広重による「風景」とその類義語の使われ方
7. Hiroshige’s Landscape Perspective Expressed in Written Form in Ehon Edo Miyage
 第7章 『絵本江戸土産』の文章にあらわれた広重の風景観
8. Farmland and Countryside in Ehon Edo Miyage
 第8章 『絵本江戸土産』における耕地・広野

Part III: Seeing Through Hiroshige’s Eyes
(第III部 歌川広重の思いを掬い取る)

9. Hiroshige’s Landscape Perspective: Combining His Words and Pictures
 第9章 広重が託した思い─『絵本江戸土産』の絵と言葉を合わせてみると
10. Rereading a Masterpiece: Hiroshige’s Thoughts in Meisho Edo Hyakkei
 第10章 「名所江戸百景」を広重の「思い」とともに読み直す

Epilogue
歌川広重の風景観と現代の私たち―おわりに

関連情報

関連動画:
Introduction to School Education in Japan/Asst. Prof. Sam BAMKIN [UTokyo GUC 2025] (UTokyo Global Unit Course | YouTube 2025年2月13日)
https://www.youtube.com/watch?v=V5Hqn7TWoKE

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