
書籍名
石油が国家を作るとき 天然資源と脱植民地化
判型など
296ページ、A5判、上製
言語
日本語
発行年月日
2025年1月30日
ISBN コード
9784766430042
出版社
慶應義塾大学出版会
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例えばあなたが20世紀初めにシンガポールで生まれたとして、生まれたときはイギリスの海峡植民地の住民であったのが、やがて日本の統治地域の住民となり、戦後まもなく再びイギリスの植民地の住民となった後、1963年にマレーシア国民となり、1965年にはシンガポール国民となることが、生まれた土地から一歩も動かずに可能である。しかし20世紀の終わりに日本に生まれた私や、21世紀に生まれたかもしれないあなたは、外国に移住して帰化しない限り、おそらく生まれてから死ぬまで、日本国民のままであろう。19世紀末から20世紀半ばにかけての数十年は、世界各地の統治の様相が目まぐるしく変わった例外的な時代であった。
植民地化から植民地の独立、すなわち脱植民地化へと至るまでの時期には多くの不確定要素があり、今ある200近い国家の切り分け方は、何かが少し違っていただけで、如何様にもなっていたと言っても過言ではない。私たちが当然のように受け入れている国々の多くは、当たり前の存在などではなく、政治的・経済的・社会的その他の要因のわずかな変化によって、誕生していなかったようなあやふやなものであり、また私たちが知らない「ありえた国家」も歴史の中には無数に存在するのである。
何がこうした国家形成を決定づけたかというと、数え切れないほどの要因が存在するわけだが、研究者も人である以上、全ての要素を説明し切ることはできない。そこで本書で注目したのが、天然資源、特に石油である。コロンブスがその航海の目的の1つとして金の発見を挙げていたように、資源は植民地の拡大、対外進出の重要な動機の1つであった。植民地支配において欠くことのできない要素であった天然資源、特にその中でも現代世界において最も重要とされる石油は、脱植民地化にあたっても何か重大な影響を及ぼしたのではないかと考えた。
東南アジアのブルネイ、中東のカタールやバーレーンといった国々を、イギリス植民地時代の行政文書などを用いて分析した結果見えてきたのは、植民地時代の石油が、小規模な保護領(現地支配者を維持したまま間接統治する植民地的単位)を、周辺との合併を拒否する形で単独で独立させ、「本来存在しないはずの国家」を作り出したという歴史的経緯である。小規模国家が乱立して国際秩序が不安定化し、影響力が維持できなくなることを恐れた宗主国は、小規模植民地を合併させて安定した単位を作ってから独立させようとした。しかし豊かな石油収入を有し、現地支配者が強い権力を持っている地域では、合併はデメリットが大きく、石油を交渉材料にしながら単独での独立を宗主国や周辺国に認めさせることができた。石油はある意味で「弱者の武器」として機能したのである。
本書は国際関係論や比較政治学の研究に立脚しているが、石油に着目して中東や東南アジアを舞台に歴史資料を駆使して検証を行っていく過程は、地域研究や歴史学に関心のある学生や一般読者、あるいは資源に興味のある方々にも、面白く読んでいただけることを期待している。
(紹介文執筆者: 未来ビジョン研究センター 准教授 向山 直佑 / 2025)
本の目次
パズルとしての単独独立/本書の主張/研究方法/本書の意義/本書の構成
第1章 単独独立の理論
二つの歴史/単独独立の理論/対抗仮説/結び
第2章 ボルネオ島における石油と脱植民地化――ブルネイの単独独立
帝国主義時代のボルネオ/ボルネオの脱植民地化/ブルネイの単独独立/
サラワク、北ボルネオ、オランダ領ボルネオ/結び
第3章 ペルシャ湾岸における石油と脱植民地化――カタールとバーレーンの単独独立
帝国主義時代の湾岸南部/湾岸における脱植民地化/カタールの単独独立/バーレーンの単独独立/
ラアス・アル=ハイマの失敗/結び
第4章 他地域における単独独立とその不在――クウェート、西インド諸島、南アラビア
クウェート/西インド諸島/南アラビア/結び
第5章 天然資源の多様な影響――歴史と比較の観点から
資源の分類/石炭/金銀/天然ガス/結び
結論
主な分析結果/国家形成を再考する/資源政治を再考する/現代政治への示唆
関連情報
第46回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞受賞 (IDE-JETROアジア研究所 2025年)
https://www.ide.go.jp/Japanese/Award/2025.html
英語版:
Naosuke Mukoyama『Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States』 (Cambridge University Press 2024年刊)
https://www.cambridge.org/core/books/fueling-sovereignty/084C268D6F4DF2B717E3B8278CB6D74C
著者特別寄稿:
「エネルギー政策」前史:石油が国家を作るとき (IEEI 国際環境経済研究所 2025年8月)
https://ieei.or.jp/2025/08/mukoyama_250827/
「国境を疑う──石油が国家を作るまで」 (慶応義塾大学出版会|note 2025年1月10日)
https://note.com/keioup/n/nb4a6127be96c
著者インタビュー(英語):
インタビュアー: Miranda Melcher (New Books Network 2024年6月5日))
https://newbooksnetwork.com/fueling-sovereignty
書評:
森下明子 (同志社大学法学部准教授・地域研究) 評 (『図書新聞』3700号 2025年8月16日)
https://toshoshimbun.com/product__detail?item=1754536439195x675074028502515700
<潮流快読>現代社会は化石燃料に依存している:寺田理恵 評「トランプ米大統領の石油・ガス増産方針 「掘って掘って掘りまくれ」の背景を読む」 (『産経新聞』 2025年4月27日)
https://www.sankei.com/article/20250427-DVTETXCHUNIYRJRGLOEGUXOH4A/
酒井啓子 (千葉大学特任教授) 評「小国で単独独立の「なぜ」を追求」 (『朝日新聞』 2025年4月26日)
https://book.asahi.com/article/15726610
高橋和夫 評「保護領独立の道、立体的に」 (『日経新聞』 2025年3月22日号)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO87495270R20C25A3MY6000/
片岡剛士 評 (『週刊読書人』 2025年3月21日号)
https://dokushojin.net/news/898/
書評 (英語版):
Tommy Sheng Hao Chai 評 (『Cambridge Review of International Affairs』 2025年7月1日)
https://doi.org/10.1080/09557571.2025.2527496
Hussam Hussein 評 (『Perspectives on Politics』 2025年5月16日)
https://doi.org/10.1017/S1537592725000957
Pino Andrade, Mauricio 評 (『Environmental Politics』Volume 34, Issue 5 2025年1月)
https://doi.org/10.1080/09644016.2025.2452721
https://environmentalpoliticsjournal.net/editorial-announcements/latest-issue-vol-34-issue-5-out-now/
Johanne Marie Skov 評 (『International Affairs』Volume 100, Issue 5 2024年9月)
https://doi.org/10.1093/ia/iiae196
書籍紹介:
「アンケート 東大教師が新入生にすすめる本」 (『UP』no.630 2025年4月号)
https://www.utp.or.jp/book/b10133714.html
関連記事:
Mukoyama, Naosuke “Oil in the Imperial Periphery: Brunei’s Unlikely Path to Independence.” (『Phenomenal World』 2025年2月13日)
https://www.phenomenalworld.org/analysis/oil-in-the-imperial-periphery/
Mukoyama, Naosuke “Late to the Party? Decolonisation, Natural Resources, and the Making of States.” (『Oxford Martin School Changing Global Orders Blog』 2024年6月7日)
https://changingglobalorders.web.ox.ac.uk/article/late-party-decolonisation-natural-resources-and-making-states
関連論文:
Mukoyama, Naosuke. 2023. “Colonial Oil and State-Making: The Separate Independence of Qatar and Bahrain.” Comparative Politics, 55(4), 573-595.
https://doi.org/10.5129/001041523X16801041950603
Mukoyama, Naosuke. 2020. “Colonial Origins of the Resource Curse: Endogenous Sovereignty and Authoritarianism in Brunei.” Democratization, 27(2), 224-242.
https://doi.org/10.1080/13510347.2019.1678591
イベント:
ブックローンチイベント “石油が国家を作るとき: 天然資源と脱植民地化” (東京大学未来ビジョン研究センター 安全保障ユニット(SSU) 2025年3月26日)
https://ifi.u-tokyo.ac.jp/event/20165/
RCASTセキュリティ・セミナー「Fueling Sovereignty: Colonial Oil and the Creation of Unlikely States」 (東京大学先端科学技術研究センター エネルギー国際安全保障機構(GSET)、東京大学先端科学技術研究センター・創発戦略研究オープンラボ(ROLES) 2024年12月12日)
https://roles.rcast.u-tokyo.ac.jp/event/20241212
Book talk: Naosuke Mukoyama’s "Fueling Sovereignty" (Queen Mary's Centre for the Study of Race, Class and Empire 2024年10月24日)
https://www.qmul.ac.uk/events/upcoming-events/items/book-talk-naosuke-mukoyamas-fueling-sovereignty.html
Fueling Sovereignty; Colonial Oil and the Creation of Unlikely States
with Naosuke Mukoyama (Political Studies Association 2024年7月6日)
https://www.psa.ac.uk/specialist-groups/group-events/fueling-sovereignty-colonial-oil-and-creation-unlikely-states

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