
書籍名
地域ネットワーク解析 ビジネス生態系におけるつながりの構造と新陳代謝
判型など
272ページ、A5判
言語
日本語
発行年月日
2024年2月19日
ISBN コード
978-4-13-046140-5
出版社
東京大学出版会
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
英語版ページ指定
極相林はなぜ衰退しないのか。本書の構想は、植生遷移の最終段階である極相林の維持機構に興味を持ったことから始まった。長期にわたって安定した状態を維持している極相林にも、生態系に撹乱をもたらす穴の修復過程を通じたダイナミクスがある。枯死や倒木、落雷や火災等によって森に穴 (ギャップ) が生じると環境条件が更新され、新しい植物種が参入する余地が生じるのだ。ギャップダイナミクスと呼ばれるこの機構は、森林の生物多様性の保持に重要な役割を果たしている。経済発展の成熟段階に至ったビジネス生態系においても、各企業は互いに影響を与え合うつながりのなかに存在している。成熟した森林生態系である極相林のダイナミクスから学ぶことは、成熟経済ないし持続可能な社会の発展を考える上でも重要なのではないかと考えたことが、構想の始まりである。
森林のアナロジーをはじめとする生物学的類推は、古典的な経済学のなかでもたびたび用いられている。本書では、J.S.ミルやA.マーシャルが論じた定常状態の理論と生物学的類推に基づく課題設定を参照しつつ、定常状態におけるダイナミクスの意味を、極相林の現代的理解を踏まえて確認していく。極相林では、幼木の生育に多くの光を必要する陽樹は育たず、鬱蒼と茂る森の日陰でも生育できる陰樹が支配的となる。すなわち、陰樹から陰樹へという同種による置き換わりが可能になった森である極相林は、定常的であることに加え、撹乱による異種の参入を許容する柔軟性を有しているのだ。
本書は、こうした定常状態に関する考察とギャップダイナミクスから着想を得て、企業間のつながりを分析する二つのネットワーク指標を提案している。ひとつはつながりのダイナミクスに基づく新陳代謝度、もうひとつはネットワークのトポロジカルな構造特徴に基づくPW指標である。これらの指標を企業間取引のネットワークであるサプライチェーンに適用した場合、前者は各企業がどのくらい自社の取引先を入れ替えたかを示し、後者は各企業がサプライチェーンの穴を埋める稀少な取引関係をどのくらい有するかを示している。東日本大震災の前後を含む10年間の東北地方のサプライチェーンに提案指標を適用した結果、長く存続する企業はある一定の新陳代謝度をもつ傾向があること、稀少な取引関係を有する企業は、ネットワーク内のつながりが密な部分構造である、クラスターの進化に重要な役割を果たしていることがわかった。ビジネス生態系においても、つながりの安定性と新規性のバランスを取る二重の機制が働いていることを示唆する結果である。
さて、この本の表紙がなぜ森の写真になっているのか、おわかりいただけたかと思う。実際、北八ヶ岳の極相林を歩きながら浮かんだ構想である。森と企業ネットワークの連想が、変動の激しい現代市場への適応戦略を考える多様な読者の一助になれば幸いである。
(紹介文執筆者: 未来ビジョン研究センター 講師 山野 泰子 / 2024)
本の目次
第1章 背景と構成
1. 変動する地域ネットワークを捉える2つの視点
2. ネットワーク科学の導入による社会・経済活動の評価
3. 着想の原点と本書のアプローチ
第2章 動的ネットワークモデルとは何か
1. 地域クラスターと企業ネットワーク研究
2. 生物と経済の接合過程に見る持続的社会モデルへの試案
3. 本書の位置づけ
第3章 リンク推移を反映したノード指標――新陳代謝度
1. 動的推移解析:環境適応と影響予測
2. 提案指標の定義と分析手法
3. 検証実験1:企業間取引の新陳代謝度の特徴
4. 検証実験2:新陳代謝度の有意差検定と取引パターン分析
5. 考察:企業の新陳代謝に関する3つの示唆
第4章 クラスター異質性を反映したノード指標――PW
1. 比較指標の定義と本章の位置付け
2. 提案指標の定義と分析手法
3. 検証実験
4. 考察と結論
第5章 企業間取引のクラスター進化とブローカーの役割
1. コミュニティ進化の動的モデル
2. 指標の定義と分析手法
3. 検証実験
4. クラスターパスとブローカーのケーススタディ
5. クラスター継承度の予測
6. 考察と結論
第6章 イノベーションを駆動する空隙を埋めるのは誰か
1. 変動する市場環境への適応力に関する考察
2. 異質性を取り入れる仕組みとイノベーションの可能性
3. 提案手法の組み合わせによる新たな示唆
4. 手法の限界と今後の研究課題
第7章 概念を計測する指標の可能性
おわりに
付録
引用文献
索引
関連情報
https://frs.c.u-tokyo.ac.jp/20240604/2200/
セミナー:
山野泰子「地域ネットワーク解析: ビジネス生態系におけるつながりの構造と新陳代謝」 (日本マーケティング・サイエンス学会分析的マーケティング研究部会 2024年4月16日)
https://groups.google.com/g/cssj_member/c/JfqcMJbDJbI