本書は、2000年代以降に輪郭を示し、その後、多くの若手研究者によるモノグラフの出版という形で展開してきた、ケア、障害、医療をめぐる社会学研究を集めた論集である。著者の多くは、現在40代半ばから50代の、中堅からベテランに差しかかる世代の研究者たちである。本書の最大の特徴は、1990年代後半から2000年代にかけて、現場のモノグラフ研究の蓄積によって形成され、その後の研究の流れを作ってきた「ケアの社会学」や「障害学」と呼ばれる比較的新しい領域の研究群を、大まかに見渡すことができる点にある。収録論文には、単著の一部を再構成したもの、その後の研究展開を踏まえて問題設定を振り返るもの、既発表論文を改めて再構成したもの、さらに著者自身の研究視角からこの領域の重要な論点を論じた書き下ろし論文が含まれている。
本書は3部構成である。Iには、現場の具体的現象を対象としたモノグラフ研究が収められており、現場におけるケアの相互行為に関心がある人はここから読むとよいだろう。IIの論稿群は、障害学の運動と結びついて展開してきた学問領域と重なっており、合理的配慮などの実践的関心を持つ人にも、インターセクショナリティなどの理論的関心を持つ人にも示唆的である。IIIは、歴史的なスパンや社会全体の中でケアがどのように位置づけられてきたのかに目を向け、医療・ケア・障害をミクロな相互作用だけでなく、より広い社会的文脈から捉えようとする論稿群である。
本書には、本講座全体の主旨とも関わって、地道な経験的研究と、それを支える概念や理論に関する議論が収められている。こうした経験的研究の蓄積は、能力主義やコミュニケーションなど、社会学が扱ってきた理論的な概念そのものを検討していく可能性も持っている。ただし、そうした理論的課題は本書に収められた経験的研究の枠内だけに収まりきるものではない。振り返ると、この領域の形成過程には、障害を持つ人の生に強い関心を向け、そこから社会のあり方そのものを問い直そうとしてきた研究の流れがある。原点となる著『生の技法』での障害者の自立生活の調査から出発した故・立岩真也の研究は、その後この領域に多くの研究者が参入してくる上で大きな影響を与えたが、立岩自身は、私的所有や能力主義、市場と分配のあり方などをめぐって、経験的研究の蓄積とは異なる軌道で独自の社会学を展開していった。本書に収められた経験的研究の蓄積を踏まえつつ、こうした独特な思考の系譜を思い起こしながら研究を展開していくことが重要である。
さらに近年、隣接領域では、人文学におけるケア論の広がりや、人類学におけるモノや環境など人間以外のアクターとの関係を含めたケア研究も展開している。2000年代に社会学の中で形作られてきたこの研究の流れを、他領域との対話に開いていくことも重要である。こうした課題を見据えながら、本書が読まれることを期待したい。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 井口 高志 / 2026)
本の目次
I 「ケア」の時代
患者の「生」の固有性に開かれるために──看護職の戦略的限定化………三井さよ
ポスト診断時代における認知症の社会学──認知症の「進行」への向き合い方をめぐって………井口高志
「脱家族」論とその後──障害のある人と家族………土屋 葉
過渡的なプロジェクトとしての〈回復〉論──『摂食障害の語り』より………中村英代
II 社会的なものとしての「障害」
ディスアビリティ解消の論理………星加良司
障害者運動と社会学──コミュニティとアソシエーションの最適解、あるいは解放と技法の弁証法………深田耕一郎
カミングアウトにおける認識論的課題──「見えない」障害が映し出す社会の構造………飯野由里子
ニューロダイバーシティの戦術──自伝における脳と神経………浦野 茂
III 「医療」と制度の歴史
医療化のレトリック………美馬達哉
ハンセン病療養所の歴史社会学──〈アサイラム/アジール〉と自由………有薗真代
近現代日本における精神医療供給構造の歴史社会学………後藤基行
OVERVIEW 二〇〇〇年代以降の医療・ケア・障害の社会学の展開………山根純佳/前田拓也
関連情報
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岸 政彦 人生を変える社会学──『岩波講座 社会学』刊行にあたって
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