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白い表紙、中央よりしたは赤い。

書籍名

上田秋成の文学

著者名

長島 弘明

判型など

232ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2016年3月

ISBN コード

978-4-595-31605-0

出版社

放送大学教育振興会

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上田秋成の文学

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本書は、『雨月物語』の作者として知られる上田秋成 (1734~1809) の文学の特色を、作品に具体的な分析を加えながら考察したものである。秋成は、山東京伝や曲亭馬琴のような職業的な作家ではなく、小説はあくまでも余技であった。また秋成は小説に専念していたわけではなく、活動は俳諧・和歌・狂歌・国学・煎茶等の多領域にわたっている。
 
十八世紀に多く出現した、余技として文学や学芸に関わり、しかも複数のジャンルで活躍した多芸多才の人を「文人」と呼ぶが、秋成はまさにその典型である。本書は、小説家としての秋成ではなく、「文人」としての秋成を描いたところに新しさがある。
 
本書によって、秋成の多芸ぶりの一端を紹介しておこう。まず俳諧は、都会風なセンスのセミプロであり、談林派の西山宗因の句集を最初に編んだのも、優れた切字の論書『也哉鈔 (やかなしょう)』を著したのも秋成であった。蕪村は、十八才年下の秋成を同格の友人として扱っている。また和歌においては、和歌の革新者である小沢蘆庵 (ろあん) と交友し、蘆庵よりむしろ清新な歌を詠んでいる。和文は当代きっての名手で、和歌・和文の秀作を集めた『藤簍冊子 (つづらぶみ)』を生前に刊行している。狂歌は万葉ぶりの『万匂 (まにおう) 集』や、和歌的な情緒を残す『海道狂歌合 (あわせ)』など、当時主流だった江戸の天明狂歌と一線を画す特異な作品を残している。
 
随筆も秀逸で、晩年に成った『胆大小心録』は、文体は毒舌を交えた口語調、内容は身辺雑記から社会風刺、果ては歴史批評や学問的考証にまで及ぶ。国学者としては『落窪物語』『大和物語』などを校訂・刊行するとともに、賀茂真淵の諸著作を世に送り出している。自身も、『伊勢物語』研究書『よしやあしや』、『万葉集』研究書『楢 (なら) の杣 (そま)』『金砂 (きんさ)』などの多くの著作を残している。また本居宣長とは、古代日本語の音韻や、神話の日神について論争もしている。さらには煎茶については名著『清風瑣言』を書いている。
 
秋成の小説はごく少なく、まとまった分量のものとしては『諸道聴耳世間狙 (しょどうききみみせけんざる)』『世間妾形気 (てかけかたぎ)』『雨月物語』『書初機嫌海 (かきぞめきげんかい)』『癇癖談 (くせものがたり)』『春雨物語』の 6作だけであるが、この6作はすべて異なった傾向の作品である。浮世草子の気質物 (かたぎもの) に近いが、各話の主人公を同一の職業の人にする気質物の約束を無視した『諸道聴耳世間狙』、気質物の様式に忠実な『世間妾形気』、それまでの滑稽な作風を捨て、文体も難しい白話 (中国口語) を交えた和漢混淆文で書いた『雨月物語』、西鶴風に京・大阪・江戸の年越し風景を描く『書初機嫌海』、『伊勢物語』のパロディの中に鋭い世相風刺を潜ませた『癇癖談』、文学史の上では『雨月物語』と同じ読本に分類されるが、他のどの読本にもまったく似ていない『春雨物語』。どれをとっても個性的であり、また独自の小説様式を持っている。この6作も、まさに「文人」の小説である。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 長島 弘明 / 2016)

本の目次

1 上田秋成略伝
2 文学への目覚め - 俳諧 -
3 作家としての出発 -『諸道聴耳世間狙』-
4 気質物からの逸脱 -『世間妾形気』-
5 『雨月物語』の世界 (一)
6 『雨月物語』の世界 (二) -「菊花の約」の信義 -
7 『雨月物語』の世界 (三) -「浅茅が宿」の二重性 -
8 国学者として
9 本居宣長との論争
10 世相風刺の小説 -『癇癖談』と『書初機嫌海』-
11 和風の文人 - 和歌・和文・狂歌・煎茶 -
12 『春雨物語』の世界 (一)
13 『春雨物語』の世界 (二) -「死首の咲顔」と源太騒動 -
14 『春雨物語』の世界 (三) -「樊噌」と仏心の妖魔 -
15 「命禄」と「狂蕩」-『胆大小心録』-

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