本書は「ビギナーズ・クラシックス 日本の古典」の一冊として、『雨月物語』を初めて読む人を念頭において編んだ本である。
『雨月物語』(1776年刊)は江戸時代中期の文人、上田秋成(うえだあきなり)の代表作であり、9編の奇談・怪談からなる。崇徳院(すとくいん)の亡霊と西行(さいぎょう)とが対話する「白峯」(しらみね)。学者と武士が義兄弟の盟約を結び、ある約束をする「菊花の約」(きくかのちぎり)。夫婦が離ればなれとなり、長い年月を経て再会する「浅茅が宿」(あさじがやど)。死後に蘇生した僧が奇妙な体験を語る「夢応の鯉魚」(むおうのりぎょ)。旅人の親子が高野山で一夜を過ごし、思わぬ体験をする「仏法僧」(ぶっぽうそう)。夫に裏切られた妻が怨霊となって復讐する「吉備津の釜」(きびつのかま)。妖しい美女が青年を翻弄する「蛇性の婬」(じゃせいのいん)。愛する少年の死をきっかけに僧が鬼と化す「青頭巾」(あおずきん)。富を好む武将と黄金の精霊とが対話する「貧福論」(ひんぷくろん)。どの物語にも、読者の心をつかんで離さないおもしろさがある。
各編の作中に登場する者たちは、何らかの強い情念や欲望に突き動かされている。その行動は時に恐ろしい結末をもたらす。しかし、その情念や欲望は、程度の差こそあれ、実は誰もが持っているものでもある。だから読者は、それらを抑えることなく生きる彼ら・彼女らから眼が離せなくなる。人間とは何か。人生において大切なものとは何か。物語の世界に分け入るうちに、さまざまな問いが浮かんでくるに違いない。
本書では、9編のそれぞれについて、あらすじを示しつつ、原文を味わっていただきたい部分は原文を抜粋して、平易な現代語訳とともに掲げた。『雨月物語』に関心はあるが、いきなり原文で全編を読み通すのは大変そうだと感じている方は、本書を入り口として、この美しくも恐ろしい物語の世界に足を踏み入れていただきたい。各編は独立した短編であり、どれから読んでいただいてもかまわない。それぞれの物語には、読解の助けとなる解説も付した。それらも参考にしながら、自由に読み進めていただければと思う。
『雨月物語』は、読めば読むほど、味わいを増す作品である。本書を通じて『雨月物語』にさらに興味を持たれた方は、各編を原文で通して読むことにも挑戦していただけたら幸いである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 佐藤 至子 / 2020)
本の目次
凡例
『雨月物語』序
白峯
菊花の約
浅茅が宿
夢応の鯉魚
仏法僧
吉備津の釜
蛇性の婬
青頭巾
貧福論
コラム1 文人としての人生
コラム2 さまざまな筆名
コラム3 読本と浮世草子
コラム4 現代に生きる『雨月物語』
参考文献
上田秋成略年譜