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白い表紙に江戸のイメージ図

書籍名

歴史文化ライブラリー 江戸の出版統制 弾圧に翻弄された戯作者たち

著者名

佐藤 至子

判型など

240ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2017年10月18日

ISBN コード

9784642058568

出版社

吉川弘文館

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書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

江戸の出版統制

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娯楽小説が出版され、不特定多数の読者がほぼ同時期にそれを読む。現代では珍しくもないことだが、こうした読書のしかたが生まれたのは印刷技術が民間に普及し、商業的な出版がおこなわれるようになった江戸時代以降である。
 
本書がとりあげるのは、江戸時代後期 (18世紀中頃~19世紀) の江戸で出版された娯楽小説と、それに対する出版統制、および自主規制の問題である。
 
当時の江戸では、戯作 (げさく) と呼ばれる娯楽小説が多数作られていた。豊富な挿絵をもつ黄表紙 (きびょうし) や合巻 (ごうかん)、遊里を描く洒落本 (しゃれぼん)、伝奇的な歴史小説といっていい読本 (よみほん)、男女の恋愛模様を綴った人情本 (にんじょうぼん) などである。
 
戯作ということばは、もともとは戯れの著作、知識人の余技としての執筆という意味をもつ。しかし江戸時代後期の商業出版に組み込まれた戯作は、単なる趣味の産物ではない。版元にとってそれは商品である。つまり、それが売れるかどうか、出版にかけた費用が回収できるかどうかが重要な問題となる。
 
売れるものにするためには、二つのことがポイントになる。読者の需要に応じた内容であることと、書籍を取り締まる法令に違反しないことである。
 
戯作に対する取り締まりの根拠となる法令は、好色本の絶版などを命じる享保七年の出版条目であった。以後の取り締まりは、この法令に新たな規制や制度を付け加えるかたちで進められている。
 
本書では、寛政の改革、文化期、天保の改革という概ね三つの時期に焦点をあて、それぞれの時期に戯作に対してどのような統制がおこなわれ、作り手たちがそれにどのように対処してきたかを、具体的な事例を取り上げて述べた。
 
寛政の改革に伴う黄表紙や洒落本の絶版、戯作者山東京伝の処罰、天保の改革に伴う人情本や合巻の絶版、戯作者為永春水の処罰などは、比較的よく知られるところである。本書では、それらに加えて、一般にはあまり知られていなかった文化期の表現規制についても詳しく言及した。
 
戯作に対する規制は、好色本と見なしうる著作の禁止や、悪人・怪異描写の制限などにとどまらず、作中の時代設定や、装丁上のことがらにまで及んだ。娯楽小説に過ぎない戯作が、なぜそこまで厳しい統制を受けることになったのか。その答えは、本書を読んで考えていただければと思う。
 
江戸時代は現代と地続きである。江戸の戯作に対する統制の歴史や作り手による自主規制の実態を知ることは、現代の表現規制や自主規制の問題について考えるうえで、多くのヒントを与えてくれるだろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 佐藤 至子 / 2018)

本の目次

近世という窓から現代を考える―プロローグ
寛政の改革と黄表紙
山東京伝と筆禍
文化期の出版統制
天保の改革と人情本・合巻
戯作の生命力―エピローグ
あとがき
主要参考文献
 

関連情報

書評:
雨宮由希夫 (書評家) 評 (週刊読書人ウェブ 2018年1月6日)
出版統制をめぐる攻防の歴史を体系的に跡付ける
https://dokushojin.com/article.html?i=2660
 

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