比較で読みとく スラヴ語のしくみ
『比較で読みとく スラヴ語のしくみ』は、スラヴ語をまったく知らない人にも、その作りや言葉の成り立ちがわかり、実際に勉強してみたいと思ってもらえるよう、平易に書かれた語学入門書です。
「スラヴ語」といっても、もちろん、このような名前の言語が存在するわけではありません。世界の多くの言語は、近隣にある他の諸言語とともに、起源的なつながりのある大きなファミリー - "語族" - を形成すると考えられています。「スラヴ語」とはそのような語族の一つの名前で、"スラヴ祖語" と呼ばれる祖先の言語から分岐した言語の数々を含みます。具体的には、ロシア語やポーランド語、チェコ語、ブルガリア語、クロアチア語などで、これらは、西暦にすれば9~10世紀頃までかなりよく似た、大きな言語の中の方言のような関係にありました。
これらの言語のうち、ロシア語やブルガリア語、マケドニア語はキリル文字 - たとえばуниверситет ("大学") のような - を用い、ポーランド語やチェコ語、クロアチア語はラテン文字、つまり私たちが日常目にしているローマ字を使って、universitetのように表記します。文字体系が異なるとまったく別の言語のように見えてしまいますが、音だけにしてみれば、これらの言語は今も互いによく似ており、基本的な語彙や文法にも類似したところが多く見られます。そのいっぽうで、分岐して1000年以上たち、それぞれの歩んだ異なる歴史や社会情勢を反映して、現代のスラヴ諸言語には異なる点も多く見られます。ではそれはどういった点に現れるのか、どのようにして変わったのか、本書はそのような視点からスラヴの諸言語の特徴を記述しました。
たとえば -- 現代ロシア語で「兄弟」を表す語はбрат (ラテン文字でbrat) ですが、ブルガリア語やマケドニア語でも、まったく同じ綴りで同じ意味を表す語になります。さて、上で述べたように、スラヴの諸言語はスラヴ祖語という共通した祖先のことばから発しています。ここからごく単純に、ではスラヴ祖語でも「兄弟」を表す語はbratだったのだろう、という推測がなされます。そしてこれは、正解です。ではこのことからさらに、何かのスラヴ語の単語がaを含んでいれば、他の言語でもこれに対応する語にはaが出てくると予測をたてたとしましょう。しかしたとえばaを含むマケドニア語のмаж「夫」に対応するロシア語はмуж、そしてブルガリア語ではмъжです。キリル文字が読めない人にも、これらの語で、語頭のмと語末のжは同じだけれど、その中にあるа、у、ъは違う、ということはわかりますね。どうして「兄弟」では出てくる母音はみなаなのに、「夫」では違うのか。そんな話から、本書では、音の構造の共通性や違い、さらには文法のさまざまな形の特徴とスラヴ語間の異同などについて説明してあります。
巻末には、日本で入手可能なスラヴ語の学習書・辞典などの一覧をあげました。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 三谷 惠子 / 2016)
本の目次
1 文字のしくみ
2 母音のしくみ
3 子音のしくみ
4 音のつながりと響きのしくみ
第2部 語のしくみ
1 名詞のしくみ
2 代名詞のしくみ
3 形容詞のしくみ
4 動詞のしくみ
語形成のはなし
1 文のしくみ
2 「である」「ある」「ない」のしくみ
3 「てにをは」を作るしくみ
4 時とできごとのしくみ
5 伝えるしくみ