東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

藍色の表紙、上下に装飾

書籍名

聖書でたどる英語の歴史

著者名

寺澤 盾

判型など

262ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2013年12月10日

ISBN コード

978-4-469-24582-0

出版社

大修館書店

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聖書でたどる英語の歴史

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私の専門は英語史で、1500年余りの歴史を経て英語がどのように現在のような姿になったのかという問題を研究しています。学部生を対象にした英語史の授業では、英語史入門書 (たとえば拙書『英語の歴史 — 過去から未来への物語 —』中央公論新社) を教科書として用いて英語の史的変化について概説してきましたが、実際に変化していく英語の「生の姿」に学生がふれる機会が少ないと常々感じてきました。喩えていうと英語史の「美味しそうな」レシピを教えておきながら、肝心の美味しい料理を「賞味」してもらっていないという感がありました。
 
そこで、異なる時代に翻訳された英訳聖書を比較しながら、過去1500年の間に英語におこったさまざまな変化を味わってもらうことを目指して本書を執筆しました。英訳聖書は、異なる時期のものであっても原典に依拠し基本的に内容が同じですので、英語史的な観点から比較がしやすいという利点があります。もう一つのメリットとしては、聖書は英米人の生活・文化と深く関わってきたので、英訳聖書を読むことで英米文化を学ぶことも出来ます。たとえば、英語の慣用表現でcast [throw] pearls before swine (豚に真珠) やThe scales fall off from one’s eyes. (目から鱗が落ちる) をご存知かと思いますが,実はこれらの表現は英訳聖書に由来します。
 
本書は、過去の英訳聖書だけを対象にしているわけではありません。20世紀は「聖書の世紀」と呼ばれるくらいあまたの英訳聖書が出版されました。これは聖書を読む大衆の細かなニーズに応えていこうという「民主的な」姿勢のあらわれと言うこともできます。たとえば、より多くの人びとに聖書のメッセージを伝えようとすると、聖書の言葉には「わかりやすさ」や「親しみやすさ」が求められることになります。
 
また、かつては英訳聖書の英語はイギリス英語が主流でしたが、20世紀に入りアメリカの台頭とともに米語聖書の重要性も高まりました。さらに、英米語以外のさまざまな英語変種や英米の植民地で生まれたピジン・クレオール英語もそれを用いる人びとのアイデンティティーと密接に結びついており、それらの話者たちが聖書を自らの英語変種に訳すことを求めるようになってきています。
 
他方、1980年以降、米国を中心に社会に見られるさまざまな差別・不公正を是正・撤廃していこうという動きが活発になっています。こうした時流を反映して、近年出版された英訳聖書でも、身障者・女性などに対する差別的な表現への配慮が見られます。
 
以上のようなさまざまな要請に応えるために、現在も数多くの英訳聖書が出版されていて、それらを通して現代英米社会や現代英語におっている変化を垣間みることができます。
 
本書をお読みいただき、英語において過去におこった変化と現在進行中の変化を体感していただければ幸いです。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 寺澤 盾 / 2016)

本の目次

口絵
まえがき
各章で扱う主な英語史関連項目
英語史・英訳聖書年表
地図・イエスの足跡

序章 隠れたベストセラー — 聖書と英米文化

第1部 英訳聖書への誘 (いざな) い
- 各時代の英語で「主の祈り」(「マタイ伝」6.7-13) を読む

第1章 聖書に命をかけた人びと — 英訳聖書の歴史
第2章 『ジェームズ王聖書』— 初期近代英語で「主の祈り」を読む
第3章 『ウィクリフ派聖書』— 中英語で「主の祈り」を読む
第4章 『ウエストサクソン福音書』)— 古英語で「主の祈り」を読む
第5章 英訳聖書に見る英語史 —「主の祈り」を比較する

第2部 聖書で学ぶ英語の歴史
- 有名なシーンで各時代の英語を比較する

第6章 helpmateの由来
-「イヴの誕生」(「創世記」2.18-25) に見る英語の変遷
第7章 apronをしたアダムとイヴ
-「蛇の誘惑」(「創世記」3.1-13) に見る英語の変遷
第8章 単一言語世界の終わり
-「バベルの塔」(「創世記」11.1-9) に見る英語の変遷
第9章 聖霊は幽霊?
-「受胎告知」(「ルカ伝」1.26-38) に見る英語の変遷
第10章 銀貨からタレントへ
-「タラントの譬 (たと) え」(「マタイ伝」25.14-30) に見る英語の変遷
第11章 イエスたちは何を食べたのか
-「最後の晩餐」(「マルコ伝」14.12-25) に見る英語の変遷

第3部 現代英語訳聖書
- 細かなニーズに応える多様な英語

第12章 1000語聖書 — 読みやすさを重視した聖書
第13章 ドルの譬え話 — アメリカ英語やピジン英語の聖書
第14章 癒 (いや) された人をどう呼ぶか — 障害者差別を排除する聖書
第15章 父と母なる神 — 性差別を排除する聖書

付録
1. Exercises, Comparison and Analysisの解答例
2. OEDの使い方
3. 古英語・中英語文法入門—現代英語文法と比較しながら
4. 文献案内
5. 古英語訳聖書グロッサリー
6. 中英語訳聖書グロッサリー

人名・作品名・事項索引
語句索引

関連情報

書評:
家入葉子『英語教育』第62巻第13号 p.93 (大修館書店 2014年3月号)
大堀壽夫『教養学部報』第566号 (東京大学教養学部 2014年6月4日)
田辺春美『言語・情報・テクスト』第21巻 pp.99-106 (東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻 2014年)
 

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