東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にウィリアムブレイクの絵、The Argumentの作品

書籍名

柳宗悦とウィリアム・ブレイク 環流する「肯定の思想」

著者名

佐藤 光

判型など

656ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2015年1月23日

ISBN コード

978-4-13-086048-2

出版社

東京大学出版会

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柳宗悦とウィリアム・ブレイク

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駒場キャンパスの西隣に日本民芸館があります。日本語の語彙として定着した「民芸」は、民衆的工芸を意味する言葉として、柳宗悦 (1889-1961) によって造られました。美と無縁なものとみなされてきた日用品に、柳は「用の美」を見出し、1936年に日本民芸館を設立しました。
 
従来認識されてこなかった美を新しい美として位置付けるためには、視座の転換が必要になります。柳の視座の転換は、美醜を超えるという発想によって可能になりました。柳によれば、美と醜を隔てる規準は恣意的で、人為的なものにすぎない。表と裏があって初めて一枚の紙になるように、美と醜を併せて受け入れることによって、差別や争いから自由になり、対象をありのままに見ることができる。美醜の意識を捨てて、目の前の材料に無心に取り組む時、予期せぬ美が生まれるのではないか。
 
柳はこのような考え方を、18世紀英国の銅版画職人であり、詩人であり、画家であったウィリアム・ブレイク (1757-1827) から引き出します。「生きとし生けるものはすべて神聖である」というブレイクの言葉に注目した柳は、これを「肯定の思想」と呼び、作り手が利己心にとらわれずに製作する時、その手を通して神の技が現れる、というブレイクの芸術観に共感しました。自己滅却を鍵言葉とするブレイクの思想には、「東洋」の哲学との類似がある、とまで柳は言いました。
 
では、ブレイクは、多種多様なすべての存在に神が宿り、それぞれの個性を尊重することが神の意志にかなうことである、という世界観をどのようにして形作ったのでしょうか。実は、ブレイクには古代インド哲学と接点があり、非キリスト教文化圏の影響下で、文化多元論とも言うべきブレイクの相互寛容の思想が育まれた、というのが本書で追究したテーマです。本書では、多様性を尊重するブレイクの思想が、どのような仲介者を経て柳に伝わったのか、柳のブレイク研究と民芸とはどのような関係にあるのか、ブレイクはそもそも古代インド哲学とどのようにして出会い、何を吸収したのか、という問題に取り組みました。調査の過程で柳宗悦の未公開書簡を英国の図書館で発見する、という思いがけない出来事もありました。
 
ブレイクは「生きとし生けるものはすべて神聖である」という言葉を、思想の自由と言論の自由が奪われた18世紀末の英国で書き記しました。柳は、大政翼賛会と国家総動員法の時代に、各地の伝統と方言を守ることを訴えて、民芸運動を展開しました。一つの価値観で社会が覆い尽くされようとした時に、時流に押し流されることなく、文化の多様性と個人の尊厳を守ろうとした先人たちの言葉は、今なお多くのことを示唆してくれるように思います。なお、本書は第28回和辻哲郎文化賞 (学術部門)、第15回島田謹二記念学藝賞、第21回日本比較文学会賞を受賞しました。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 佐藤 光 / 2016)

本の目次

序章 柳宗悦とウィリアム・ブレイク - 本書における問題の設定

第I部 柳宗悦『ヰリアム・ブレーク』の成立
第一章 明治・大正期のブレイク書誌学者たち - 外国文学との付き合い方
第二章 明治期の英文学史諸本におけるブレイクの位置 - 忘れられた詩人という神話
第三章 「只神の命のまゝにその筆を運んだ」- 神聖視される個性
第四章 「謀反は開放の道である」- 革命の思想家

第II部 英国のブレイク愛好家とジャポニスム
第五章 1900年代のブレイク愛好家の系譜 - ロンドンとリヴァプールのボヘミアン
第六章 ロセッティ兄弟のブレイク熱とジャポニスム -「直観」の芸術という跳躍台

第III部 ブレイクによるキリスト教の相対化
第七章 悪とは何か -『天国と地獄の結婚』とキリスト教
第八章 神は人の心に宿る - 非キリスト教文化圏へ広がる想像力

第IV部 ブレイクとインド哲学との出会い
第九章 ブレイクのパトロン、ウィリアム・ヘイリー - インドへのまなざし
第十章 トマス・アルフォンゾ・ヘイリーに捧げる追悼詩 - ヘイリーとブレイクの共同作業
第十一章 ゆるしの宗教と「利己心」- 敵も隣人も愛するために
第十二章 相互寛容を求めて -「イエスの宗教」の復興

第V部 異文化理解とは何か
第十三章 柳宗悦とローレンス・ビニョン - 比較文化研究の実践者

終章 「肯定の思想」という潮流に乗って

明治・大正期におけるウィリアム・ブレイク関連文献参考年譜

関連情報

姫路文学館 和辻哲郎文化賞
http://www.himejibungakukan.jp/watuji/
第二十八回 和辻哲郎文化賞 学術部門 受賞作 受賞の言葉・選考評
http://www.himejibungakukan.jp/wordpress/wp-content/uploads/2016/04/gaku28.pdf
 
東大比較文学会 島田謹二記念学藝賞
http://www.todai-hikaku.org/title_record1.php
第15回 平成27年度 (平成28年4月授与)
http://www.todai-hikaku.org/records/2016/04/14_2.html
 
第21回 (2016年) 日本比較文学会賞授賞
http://www.nihon-hikaku.org/kiroku/kiroku3.html
 
東京大学出版会
http://www.utp.or.jp/bd/978-4-13-086048-2.html
 

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