
書籍名
比較文学比較文化ハンドブック A companion to comparative literature & culture
判型など
290ページ、A5判
言語
日本語
発行年月日
2024年8月26日
ISBN コード
978-4-13-082047-9
出版社
東京大学出版会
出版社URL
学内図書館貸出状況(OPAC)
英語版ページ指定
比較文学という学問は19世紀フランスに生まれ、すでに130年以上の歴史をもつ。元来はヨーロッパ諸国の国境や言語の壁を超えて、相互の影響受容関係を考究する学問として始まり、戦後特に北米においては、文学一般の批評理論を次々と切り拓くスタイルが主流となった。
日本においては戦後 (1948年)、日本比較文学会が創設され、1953年に東京大学においてはじめて、大学院教育が創始された。日本では早くから、比較文学を (その背景となる) 文化研究と切り離さないことを旨とし、欧米との関連のみならず東アジアまで視野に入れた研究が盛んになっている。翻訳研究や比較芸術論とも連繋し、幅広いテーマを扱う。しかし、これだけ守備範囲が広いと、初学者には入門が容易でない。
本書は、比較文学・比較芸術・比較文化に関する諸概念、学術用語、学問史、現在の潮流から研究の未来に至るまで、数十名の研究者が初学者に向けて語った、世界でも例をみないハンドブックである。
本書の中心を成すのは第I部「比較研究の理論、重要概念」である。全88項目は、次の7つの部門に分かれる─[歴史・概念][方法][翻訳][ジャンル別比較文学][比較芸術][比較文化][東アジアにおける比較文学比較文化]。第II部は、初学者のための読書案内となっており、ここから自分の関心に従って多くの良書に導かれるであろう。
その上で、本書第III部と連動する2つの特設ウェブページ (東大比較文學會HP内) を設けている。
本体より詳細な「研究書誌」
http://www.todai-hikaku.org/bibliography/index.html
研究者向けの諸論文 (各国の比較文学研究史、比較教育に関する社会調査など)
http://www.todai-hikaku.org/handbook/index.html
これらの記事は、本体とQRコードで連繋し、21世紀の比較文学比較文化研究の進展に寄与することを目的として無料公開されている。
さて、改めてここに書けば、比較文学とはAとBの単純な「比較」ではない。130年ほどの歴史を経て、21世紀の比較文学を今おおらかに定義し直すとすれば、「国境や言語、ジャンルなど既存のボーダーラインを問う、文学・芸術・文化の研究」となる。例えば夏目漱石の作品は、近代日本とか日本語だけに縛られた存在ではない。漱石が影響を受けた外国の書物、思想家、彼自身の外国体験との関係も重要だろうし、「宿命の女」というモチーフを鍵にしてみれば、漱石作品を漱石にとって未知の作品とつなげて考えることも可能だ。あるいは漱石と画家との交流から生まれた美しい書物、テキストと挿絵の比較芸術的関係も重要となる。漱石が近代日本の急速な近代化・西欧化について思索を深めていった軌跡をたどる一方で、日本が併合した植民地に対する漱石の立ち位置はどのようであったのかを考えてみる。そんなところから、比較文化的な視野が拓けてくる。漱石は日本語でのみ著述する作家であったが、例えば彼と同時代の、日本語と韓国語の双方を用いて書いた作家を、私たちはどのように読むことができるのだろうか。このように比較文学の方法は、文学のみならず、芸術や文化を対象とする時にも応用することができる。ひいては、人間や社会が孤立し自閉した存在ではなく、様々な要素が混淆して共存する存在でもあると気づく第一歩にもなる。
本書はこうした理念にもとづいて、比較文学・比較芸術・比較文化に関して日本で初めて編まれたハンドブックである。このハンドブックが、研究と読書の海に乗り出すための航海の指針となり、随伴者 (コンパニオン) ともなることを、心から願っている。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 今橋 映子 / 2025)
本の目次
総 説
第I部 比較研究の理論、重要概念
[歴史・概念]
比較/比較文学/世界文学/「文学理論」と比較文学/フランス派とアメリカ派/間テクスト性/
近代・近代性(modernity)/比較史/ナショナリズムと国民文学/比較「文学史」/越境文学/普遍
[方法]
エクスプリカシオン・ド・テクスト (explication de texte)/影響・受容研究/対比研究/たとえ/物語論(ナラトロジー)/蔵書研究/比較文学と定期刊行物(新聞・雑誌)/カノン形成、脱カノン/創作と言語越境/再話研究
[翻訳]
翻訳/翻訳文学/翻案・改作/訳語/文化の翻訳/通訳/重訳/翻訳者の使命/映像翻訳/機械翻訳/自己翻訳
[ジャンル別比較文学]
比較詩学/比較演劇/小説の勃興/能と謡曲/近代詩/詩のモダニズム/幻想文学/探偵小説(ミステリ)/児童文学/ネイチャーライティング(自然文学)/文学と政治/神話・伝説・伝承・民話・説話/動物文学/自伝・自伝文学/文学賞・ノーベル文学賞
[比較芸術]
比較芸術/クロスジャンル/アダプテーション論/ジャポニスム/文学と絵画/文学と写真/文学と映画/挿絵・イラストレーション/文学と音楽/美術と建築/スポーツとアート/国際的な合作や共同制作/漫画・アニメ/舞踊の越境/楽器の越境
[比較文化]
比較文化/異文化理解/ポストコロニアル/ジェンダーとフェミニズム、クィア批評/階級/言語相対論と文化相対主義/文化交流と文化交渉/文明の衝突とグローバリゼーション/戦争と占領/留学(体験)/亡命、ディアスポラ/中東・西アジア/他者論、異人論/比較日本文化論/日本人論/外地(体験)/エスペラント
[東アジアにおける比較文学比較文化]
韓国/中国/台湾/東アジアのモダニズム/漢文学と日本(前近代)/植民地(満洲)の日本語文芸/在日文学/東アジア藝術における西欧
第II部 比較研究の読書案内——比較文学・比較芸術・比較文化を深く知るために
比較文学への道/初めて学ぶ人の本棚/文庫・新書の本棚/もっと読みたい人の本棚/より深く研究したい人の本棚
第III部 専門研究への道しるべ
1 比較研究者になるために
2 比較文学関連学会(国内)
3 国際比較文学会(ICLA)
4 フランスの学校教育とexplication de texte
5 世界と日本の比較文学雑誌
6 各国の比較文学研究史
―1フランス/―2アメリカ/―3カナダ/―4ロシア/―5韓国/―6中国
7 比較文学比較文化の教育現場と将来
8 オーラルヒストリー:比較文学者に聞く
事項別参考文献
人名索引
著者一覧
関連情報
今週の本棚・著者に聞く──混じり合う文化「読む事典」
今橋映子さん 『比較文学比較文化ハンドブック』 (『毎日新聞』朝刊、11面 2024年11月2日)
https://mainichi.jp/articles/20241102/ddm/015/070/013000c
著者コラム:
井上健・今橋映子「比較研究」の叡智を今、問い直す──『比較文学比較文化ハンドブック』の刊行に寄せて] (『UP』通巻624号, pp.1-7 2024年10月)
https://www.utp.or.jp/book/b10092813.html
書評:
松井裕美 評 <本の棚>新時代の「学問のススメ」──ボーダーラインを問う比較研究実践の書 (東京大学教養学部『教養学部報』第659号 2024年12月2日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/659/open/659-2-03.html
牛村圭 (国際日本文化研究センター教授) 評「人文学の豊穣な大海」 (『産経新聞』朝刊、20面 2024年10月13日)
https://www.sankei.com/article/20241013-OBFO5LJHQZIQ5J2ASDMKQ6MEVU/