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書籍名

フランス法における返還請求の諸法理 原状回復と不当利得

著者名

齋藤 哲志

判型など

580ページ、A5判、上製カバー付き

言語

日本語

発行年月日

2016年9月

ISBN コード

978-4-641-04818-8

出版社

有斐閣

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フランス法における返還請求の諸法理

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本書は、民法の学習の中盤あたりに登場する「不当利得」(*民法703条~708条) という制度に関して、フランスにおけるその歴史的展開と現代の解釈問題を扱う。本書のタイトル『・・・諸法理』が示すように、フランス法では、日本法や日本法が継受したドイツ法とは異なり、理由なく移転された利益の返還が問題となるあらゆる場面に適用される一般的な不当利得制度を欠いている。民法の体系の各所に散在する諸制度を紐解き、それらの間の関係性を明らかにしなければならない。
 
従来の研究には以下の2点において欠缺がみられた。第一に、契約の無効・取消し後の原状回復 (*給付物の返還、給付時から返還時までに生じた果実・利息等の処理など) に関する誤解がある。ドイツ民法典は、ローマ法上の返還訴権であるコンディクチオ (condictio) を梃子に広範な適用範囲を誇る制度を構想した。その際、この訴権の多様な用例を統合する視点として、利得保持の「原因」(*日本民法703条にいう「法律上の原因」) の欠如を措定する。これに対してフランス民法典は、特定のコンディクチオ、すなわち非債弁済のコンディクチオを保存したにすぎない。もっとも、コンディクチオこそが不当利得制度の原型を成すという前提を置くことで、また、契約の無効・取消しによる事後的非債化という論理を介在させることによって、非債弁済のコンディクチオこそが挫折した契約の後始末、すなわち原状回復のための訴権である、との推論がなされる。しかし、僅かなりとも時代を遡れば、この臆見は否定される。第二に、外見上一般的な射程を有するaction de in rem verso (*本書では翻訳によるイメージの限定を避けるべく原語で表記している) という訴権が認められているが、その名称が混乱を惹起する。実際、これを承認した1892年の最上級審判決の事案は、わが国の転用物訴権の事案と同様に (*最判昭和45年7月16日民集24巻7号909頁を想起)、三者間の不当利得に関わる。しかし、判例は、原因の欠如を要件とせず、もっぱら当事者間の衡平 (équité) を論拠として、損失と利得との間の因果関係のみを要求した。にもかかわらず、action de in rem versoによる返還は、のちに「原因なき利得の返還」と称される。この紆余曲折の内実は必ずしも明らかではなかった。
 
以上の課題に対して、本書は精緻なテクスト解釈を構える。第一の問題については、近世フランスにおいて雲散霧消したコンディクチオの所在を探求した。当然にも原因概念が手がかりとなる。契約の有効要件としての原因、手形行為との関係における原因行為、所有権移転の有因性・無因性の別、いずれについてもコンディクチオに関するローマ法文の解釈が分水嶺を成す。他方で、契約の無効・取消しそれ自体に判決を要するというフランス法の大前提を強調し、原状回復が無効ないし取消し自体と渾然一体となってしまうことを論証した。第二のaction de in rem versoについては、原因概念の付加はこの訴権の「コンディクチオ化」を意味したとの仮説を提示する。これは、フランス法に関するドイツ語著作のフランス語への翻訳という19世紀中葉の私法史上の画期的事象の副産物であった。すなわち、18世紀ドイツ普通法学における転用物訴権が、翻訳を通じてフランスに継受され、その後数次の彫琢を経るなかでコンディクチオへと変容を遂げる。この「コンディクオ化されたaction de in rem verso」は長らく顧みられなかったものの、上記1892年判決に対する評釈を通じて判例法に取込まれた。こうした系譜は旧知に属するが、本書は、上記翻訳書の複数の版の照合、複数の判例評釈の対照など、一層丹念な批判的解釈を誇る。
 
以上を踏まえて、現代法における諸論点 (*2016年のフランス民法典改正の内容も「補論」として取り込んでいる) を俎上に載せ、移転された利益の完全な復元を目指す「原状回復」の論理と、もっぱら損失の補償に徹し一定の利益の返還を不問とする「不当利得」の論理とを大きく対照させることを試みた。その帰結は、結果においてドイツ法・日本法における不当利得類型論に近似するように見えるが、統一的制度の夢破れたのちに類型論を展開したドイツ法・日本法と、複数の制度の間をそもそも架橋しなかったフランス法との間には、重大な偏差が見出されるであろう。検証は読者に委ねられる。
 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 准教授 齋藤 哲志 / 2017)

本の目次


第1部 各種返還請求の史的諸相
第1篇 コンディクチオと原状回復
 第1章 古法時代における諸問題
 第1節  フランス法におけるコンディクチオ
  第1款  原因理論とコンディクチオ
  第2款  非債弁済のコンディクチオ
 第2節  契約の無効・取消
  第1款  取消状と原状回復
  第2款  返還訴権としての原状回復の性質
 第2章 民法典制定以降の諸問題
第1節  意思主義的所有権移転とコンディクチオ
  第1款  非債弁済による所有権移転
  第2款  コンディクチオ批判の諸態様
 第2節  無効理論の変容と革新
  第1款  無効・取消をめぐる混乱
  第2款  無効と返還
 
第2篇 原因なき利得
 第1章 転用物訴権・事務管理とaction de in rem verso
 第1節  二つの原像
  第1款  ローマ法上の転用物訴権
  第2款  ポチエの事務管理論
 第2節  action de in rem versoとは何か
  第1款  action de in rem versoの萌芽
  第2款  action de in rem versoの確立
 第2章 原因なき利得制度の形成
第1節  諸事案の検討
  第1款  三者間での利得移転をめぐって
  第2款  action de in rem versoによる利得追及
 第2節  理論的彫琢
  第1款  「原因なき利得」とは何か
  第2款  既存法理との整合

第2部 各種返還制度の現代的諸相
第1篇 損失補償としての不当利得返還
 第1章 action de in rem versoの枠付け
第1節  action de in rem versooの補充性
  第1款  二者間の原因なき利得における補充性
  第2款  三者間の原因なき利得における補充性
 第2節  損失者側の要件
  第1款  損失者の個人的利益 (含,物権法上の費用償還)
  第2款  損失者の過失
 第2章 補償の範囲
第1節  二重の上限
 第2節  価値債務論
 [補論1]

第2篇 給付物の返還と原状回復
 第1章 非債弁済返還訴権
 第1節  非債弁済返還と原因なき利得
  第1款  錯誤要件と弁済の原因
  第2款  他人の債務の弁済と原因なき利得
   [補論2]
 第2節  非債弁済返還と所有権に基づく返還
  第1款  弁済された物の返還
  第2款  付随的返還
 第2章 契約消滅後の原状回復
 第1節  給付された物の返還
  第1款  現物返還の原則
  第2款  価額返還とその評価
 第2節  付随的返還
  第1款  費用償還
  第2款  果実・利息・使用利益の返還
[補論3]
結び
 

関連情報

新刊著者訪問 28回 (東京大学 社会科学研究所HP)
『フランス法における返還請求の諸法理 原状回復と不当利得』著者:齋藤哲志
http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/interview/publishment/tsaito_2017_10.html
 
書評:(いずれも本書の基となった連載論文に対するもの)
小川浩三・法制史研究 64号490頁以下 (2014年)
荻野奈緒・法律時報 87巻13号367頁以下 (2015年)