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サウスアフリカやヨーロッパをメインとする昔の地図のイラスト

書籍名

〈ニグロ芸術〉の思想文化史 フランス美術界からネグリチュードへ

著者名

柳沢 史明

判型など

376ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2018年3月23日

ISBN コード

978-4-8010-0330-9

出版社

水声社

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

〈ニグロ芸術〉の思想文化史

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本書の特徴の一つとしては、美術史学と人類学の先行研究を踏まえながらも、それらから距離を取り、アフリカの造形物が「芸術」として解釈されることで生じた思想と文化のダイナミズムを描いたことにあります。サブサハラ・アフリカの造形物が、その美的価値を「発見」され、「ニグロ芸術 (art nègre, Negro Art)」の呼称をともない、ピカソやマティスといった芸術家らの関心をひいたことは美術史の一コマとして知られています。他方で、美術史や美術館でのアフリカ彫刻の扱い方や位置づけが西洋中心主義的なものであることが人類学界隈にて批判されはじめたのが二〇世紀後半のことです。非西洋の「モノ」の表象や展示をめぐる重要な議論を惹起したこうした先行研究のなかで、「プリミティブ・アート」や「トライバル・アート」を生み出す学問的かつ展示に関するシステムの存在や、西洋のモダン・アートを一つの到達点とするような発展的美術史観が問いに付されたのです。
 
しかし、本書が関心を寄せるのは、これらの漠然としたカテゴリーの中へとしばしば回収されてきた「ニグロ芸術」という奇妙な呼称、そこに付着したイデオロギー、そしてこの呼称がもたらした二〇世紀の文化政治的動向にあります。この呼称が奇妙であるというのは、奴隷制の歴史を内包する恣意的で曖昧な人種区分である「ニグロ」という語が、何かしらの芸術様式を指示するものとして用いられているからです。その恣意性や曖昧さゆえに、この呼称はすでに乗り越えられた過去の遺物として、あるいは「プリミティブ・アート」と呼ばれたものの一例として長らく挿話的に扱われてきましたが、本書はあくまでもこの概念がかつて帯びていた種々の意味に注目したうえで、フランスやアメリカ合衆国、さらにはフランス領植民地地域を行き交う重要な概念としてこの呼称を捉えかえそうというものです。
 
そこで本書は、支配する側と支配に抗う側との二つの立場から「ニグロ芸術」がもたらした思想的、文化的動向を捉え、そこに巻き込まれた人々による植民地主義的・人種主義的支配とそれに対する抵抗の歴史を描き、芸術思想研究の立場から二〇世紀の人種主義や植民地主義を分析しました。扱われる具体的主題はフランスの美術界から発して間大西洋的な黒人文化運動へといたる様々な主題に及びます。例えば、ゴビノーの芸術起源論の流行であったり、家父長主義的な植民地政策の肯定であったり、はたまた黒人表象に結び付けられるリズム概念のイデオロギーであったり、アメリカ合衆国のハーレム・ルネサンスやフランス語圏のネグリチュードと呼ばれる黒人の文化や権利の復興運動に対するその影響であったり。
 
目次に並ぶ有名無名の人物らはもとより、「ニグロ芸術」という呼称自体聞き慣れない人が多いかもしれません。とはいえ、「プリミティブ・アート」や「ブラック・ミュージック」といった呼称やカテゴリーに何かしら学問的関心がある方には、本書の諸主題とその分析が思索の糸口になるものと考えております。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 柳沢 史明 / 2018)

本の目次

序 章 思想文化史のなかの「ニグロ芸術」
 
第I部 「ニグロ芸術」の創出と変化
第1章  「未開芸術」と西洋文明
第2章  「ニグロ(芸術)」を語る主体
 
第II部 「古さ」と「新しさ」をめぐる言説
第3章  古さと起源
第4章  人種理論における芸術と人種――エリー・フォールによるゴビノー解釈
第5章  植民地行政と「新しいニグロ芸術」――ジョルデュ・アルディ
第6章  「ニグロ絵画」の誕生――カリファラ・シディベ
 
第III部 同意と拒絶をめぐる言説
第7章  ハーレム・ルネサンスにおけるアフリカ芸術
第8章  アメリカからフランス領植民地地域へ――伝播する「リズム」
第9章  サンゴールにおける「ニグロの魂」と「ニグロ芸術」
第10章 「ニグロ芸術」と脱植民地化
 
終 章 「未開芸術」の再考に向けて
 

参考文献
図版出典一覧
人名索引
あとがき
 

関連情報

受賞:
民族藝術学会「第16回木村重信民族藝術学会賞」受賞
http://ethno-arts.sakura.ne.jp/about/prize.html

書評:
塚原史、天野知香、澤田直 評: 読書アンケート 2018年上半期読書アンケート (図書新聞 2018年7月21日 第3360号)
 
河本真理 評: 2018年上半期の収穫から (週刊読書人 2018年7月27日、第3249号)
https://dokushojin.com/article.html?i=3894&p=3
 
稲賀繁美 評: 黒人アフリカ世界の立体造形とその言説的観念史 ニグロ表象におけるトランス・アトランティックな「支配と抵抗のポリティックス」 (月刊『あいだ』 2018年9月20日発行 242号)
http://gekkan-aida.rgr.jp/backnumber/%E3%83%BB199%E5%8F%B7%EF%BD%9E/
 

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