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青、白、赤の表紙絵

書籍名

混沌の共和国 「文明化の使命」の時代における渡世のディスクール

著者名

柳沢 史明、 吉澤 英樹、江島 泰子

判型など

290ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年3月20日

ISBN コード

9784779513664

出版社

ナカニシヤ出版

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混沌の共和国

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他人事ではないとはいえ、建前と本音、理念と現実、これらはときに不整合である。人々は理念の実現を目指しながらも、現実との不整合を前にして困惑し自己保身のための対応を行っている。ときにその状況を無理やり「改善」したりその現実を取り繕い自らの理念や建前を再解釈したり、はたまた、臨機応変に、あるいは狡猾に、状況に合わせて世渡りのための言動を選んだりしている。自己と他者に対する「渡世の言説」はこうして編まれていく。個人のレベルであれば周囲からの白々しい視線を浴びるだけで済むだろうが、他者のため、公共のため、さらには国家のためという名目のもと、文化的・社会的・経済的差異に対する十分な検討を経ずに「高尚な」理念の適応のみが叫ばれると、他者との軋轢、現実や現場との不一致が生じ、そのつじつま合わせはより厄介なものとなる。「人類」「平等」「文明」といった高潔な理念もまた、それらがひときわ叫ばれてきた (今なお叫ばれているが) 時代と地域にて、多くの不整合や軋轢、悲劇を生み出し、それらを取り繕うための「渡世の言説」が編まれてきた。
 
本書は19世紀後半から20世紀前半のフランス及びフランス語圏アフリカに焦点を当て、文学作品や社会・文化・芸術理論の諸事例から、「植民地共和国」を構成していた「渡世の言説」の内情を探る研究書である。本書で取り扱われる理念と現実とは、まずは当然のことながら、フランス革命を機に高まる共和国理念 (「平等」「人権」など) と、「文明化の使命」の旗印のもとにアフリカをはじめとした地域にて進められたフランスによる植民地化を挙げることができる。片や人権の尊重、人類の平等、市民の対等な関係を説きつつ、片や人種主義を前提とした植民地支配を当然視しさらにはフランス国内の市民と植民地地域の「臣民」とを区分し支配する、こうした理念と現実との矛盾は恣意的かつ狡猾な仕方で取り繕われていたと言えよう。とはいえ本書で扱われる理念と現実との不整合はそれだけにとどまらない。もうひとつの特徴的な不整合は、国内における政教分離の方針と植民地支配における政教連帯の実態にある。国内の政策からキリスト教を排除し公的空間の非宗教化を進めつつも、他方で植民地地域において宣教師らの活動は「文明化」を推し進める存在として行政側からの保護や支援を受けていた。宣教師側としても、「偶像」「呪物」を制作していたアフリカの民が新たに「キリスト教美術」を制作しはじめた、などといったキリスト教布教による「文明化」への寄与を強調し、自らの立場の正当化のためこうした不整合に対応していた。
 
作家、思想家、行政官、宣教師、ときには被植民者も、それぞれが自らの立場を守るため臨機応変に理念に基づく言動を組み換え、時流に乗りつつも、ときには泥縄式に自らの生を実践する。本書の関心は、ここに収められた諸論考が扱うフランスやフランス領植民地を飛び越え、近現代世界の諸地域においても見いだされるだろうし、それぞれの地域・時代における「渡世の言説」が分析されるのを今なお待っているだろう。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 柳沢 史明 / 2019)

本の目次

0 「文明化の使命」の時代とその文化:序にかえて  柳沢史明
 
    I 第三共和政成立期における宗教と人種
 
1 転換期の言説 (ディスクール) :ライシテ (laïcité) とフランスの優位性  江島泰子
 
2 ゴビノーとフィルマン:二つの人種理論  長谷川一年
 
3 郷愁と愛国心:レオン・カーアン『ユダヤの生活』にみる第三共和政期のユダヤ系フランス人  鈴木重周
 
    II 「植民地文学」と「ルポルタージュ」
 
4 共和国内の二つの「他者」:アンドレ・ドゥメゾンとルイ=フェルディナン・セリーヌにおけるアフリカとユダヤ  吉澤英樹
 
5 交差する視線から浮かび上がる植民地アフリカ:ジョルジュ・シムノンとジョゼフ・ケッセルのルポルタージュ作品から  ラファエル・ランバル / 野村昌代 (訳)
 
    III 宣教師たちのみた植民地アフリカ
 
6 芸術と宗教を介した植民地 (主義) 的歩み寄り:G・アルディとフランス領西アフリカ  柳沢史明
 
7 宣教博物館:アフリカの器物の地位について  ロリック・ゼルビニ / 中野芳彦 (訳)
 
8 宣教師と植民地化:モンゴ・ベティの二つの小説から  砂野幸稔
 
跋:共和国フランスの国民統合と普遍的人間像をめぐる駆け引き  吉澤英樹
 
あとがき
 

関連情報

書評:
中村隆之 評 2019年上半期読書アンケート (『図書新聞』第3408号 2019年7月20日)
http://www.toshoshimbun.com/books_newspaper/shinbun_list.php?shinbunno=3408
 

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