東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

山から見下ろしたギリシアの町の写真

書籍名

オデュッセウスの記憶 古代ギリシアの境界をめぐる物語

著者名

フランソワ・アルトーグ (著)、 葛西 康徳、 松本 英実 (訳)

判型など

450ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2017年3月20日

ISBN コード

978-4-486-01950-3

出版社

東海大学出版部

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

オデュッセウスの記憶

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、フランソワ・アルトーグが1996年に公刊した書物Mémoire d’Ulysse. Récits sur la frontière en Grèce ancienne, Gallimard, Parisの日本語訳である。本書はホメロスの『オデュッセイア』で有名な古代ギリシアの英雄オデュッセウスをモティーフとして、古代ギリシア人が自己のアイデンティティをどのようにして形成し、変成を加え、維持したか、さらには近世・近代ヨーロッパ人が古代ギリシアのアイデンティティを拠り所としていかに自己理解を行ったかを考察した作品である。その際著者のとる戦略及びキーワードは、境界 (人) である。すなわち、オデュッセウスはギリシア世界と非ギリシア世界を行ったり来たりする中で自己のアイデンティティを獲得したのであり、言い換えるなれば、他者理解を通じて自己理解を行ったのである。著者によれば、このような知的戦略を古典期以降、ヘレニズム、さらにローマの支配に入ってからも、ギリシア人は維持したのであり、その推移を著者独特のスタイルで叙述した点に本書の最大の特徴がある。従来のギリシア人論は、ともすればギリシア世界と非ギリシア世界の対置に関心を持ったが、著者によれば他者理解そのものがギリシア人をギリシア人たらしめているのである。別の言い方をすれば、ギリシア人はすべてギリシア語に翻訳して理解したのである。そこから果たしてギリシア人 (西洋人) は他者を理解したと言えるのか、という批判も生まれる (レヴィナス)。読者は、この点にギリシア人と同じような民族がもしかしたらどこかに存在すると気づかれるのではないだろうか。
 
著者アルトーグは、1946年生まれのノルマリアンで、ストラスブール大学を経て、社会科学高等研究院教授 (古代・近代歴史学) を務めた。主要著書には、『ヘロドトスの鏡 (Le Mirroir d’Hérodote)』『19世紀と歴史:フュステル・ド・クーランジュ論 (Le XIXe siècle et l’histoire : le cas Fustel de Coulanges)』そして『歴史の体制 (Régimes d’historicité)』(伊藤 綾 [訳]、藤原書店) がある。20世紀のフランス西洋古典学は、ルイ・ジェルネ (1882-1962) の学問的業績を受け継ぎ、ジャン⁼ピエール・ヴェルナン (1914-2007)、ピエール・ヴィダル⁼ナケ (1930-2006) により構造主義の手法を取り入れ、めざましい発展を遂げたが、アルトーグはそれを引き継ぐ世代の代表的かつ個性的研究者である。
 
なお、本書は日本の書店では世界史 (古代ギリシア・ローマ史) の棚に置かれていることが多いが、(もし置かれているとしても) 決して通常 (?) の歴史書ではない。むしろ、哲学、文学、歴史学の全ての分野にわたる (これをClassicsという)。叙述はフランス人らしく必ずしも平易ではないし、固有名詞が頻出するが、へこたれないで読んでほしい。訳者としては本書を西洋古典学入門の一つとして、また、より広く西洋の学問全般への導入として推薦する。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 葛西 康徳 / 2018)

本の目次

日本語版への序文 (2013年)
序章 ─ 旅する人と境界人

第1章 オデュッセウスの帰還
 旅と帰還
 人間分別学
 イタケーへの帰還
 名前の旅

第2章 エジプトの旅
 エジプトを見る
 ギリシア人の視線
 エジプト、最初の文明普及者?
 三倍偉大なるヘルメースからシャンポリオンへ

第3章 バルバロイの発案と世界の目録
 バルバロイとギリシア人
 世界を表象する
 中心と辺境
 アレクサンドリアから世界を見る

第4章 ギリシアの旅
 元祖 アナカルシスの旅と境界の忘却
 内側の境界あるいは日常の差別
 アルカディアの果て
 ローマとギリシアの間のアレクサンドロス

第5章 ローマの旅
 ポリュビオスの旅
 ハリカルナッソスのディオニューシオスの旅
 ストラボーンとアエリウス・アリステイデースの旅

結章─アポローニオスの記憶とピュータゴラースの名前

解説 オデュッセウス、『オデュッセイア』、そして『オデュッセウスの記憶』
 はじめに─オデュッセウスとは何者か。
 ホメーロスの戦略─『オデュッセイア』を読む
 ヒュブリス
 結びにかえて

関連情報

書評:
山本建郎 (秋田大学名誉教授) 評 オデュッセウスとは何者か 賢人は旅において本性を表す
(『週刊読書人』 新聞掲載日2017年4月28日)
https://dokushojin.com/article.html?i=1272
 
納富信留 (東京大学教授 ギリシャ哲学研究者) 評 (読売新聞朝刊 2017年12月24日)
 

このページを読んだ人は、こんなページも見ています