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書籍名

英語圏の現代詩を読む 語学力と思考力を鍛える12講

著者名

中尾 まさみ

判型など

216ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年9月21日

ISBN コード

978-4-13-083075-1

出版社

東京大学出版会

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英語圏の現代詩を読む

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本書は、20世紀以降に英語で書かれた詩について、東京大学の1、2年生を対象として行った講義を集めたものである。受講者には、英詩を読む経験はこれが最初で最後になるかも知れない学生も含まれている。彼らは、そこで何を学ぶのか。私は、この授業が思考の実践演習の場となることを目指してきた。今まで触れたことのない (しかも外国語の) テクストと出会い、知力・想像力を総動員してこれと格闘すること、教室で他の読み方に触れて目が開かれる思いをすること、さらに議論に参加して新たな読みを探ること、そして、それだけ考えても答えの出ない疑問にぶつかること…そうした経験こそが、この授業の目的であり、本書でもそれを再現しようと試みている。
 
英語圏の現代詩は、その意味で格好の題材であると言えるだろう。20世紀初頭にモダニズムという大きな革新運動を経験したことで、詩というジャンルの定義は形式においても主題においても伝統的なそれを離れて著しく拡大し、曖昧化した。またテクノロジーの進化に伴うメディアの変容を経験し、読者の定義や読者と詩人の距離や関係も否応なく変化した。イギリスによる植民地支配とそこからの独立のプロセスを経験したとてつもなく広大な地域を「英語圏」として視野に入れることで、英語で書かれた詩の出自が以前とは比べものにならないくらい多様になった。その結果、英語で書くことの意味自体が問われることになったのだ。現代の英詩の大きな特徴の一つは、それが常に詩という文学表現のあり方そのものについて問い続ける、再定義の軌跡であるということである。
 
その捉え難さ、多様さゆえの豊穣を実感するには、何より実際に作品に触れることである。同時代を生きる詩人たちは、どのような問題について考え、どのような表現に辿り着いているだろう。例えば、スコットランドの詩人、エドウィン・モーガンは、辞典のパロディや架空言語の詩など、遊びの要素を採り入れた詩を書くことで言語自体に根本的な問いを立てた (第1、2講)。ジャマイカからイングランドへの移民であるリントン・クウェシ・ジョンソンのレゲエのリズムを持ち込んだ語りは、周縁化された移民の過酷な現実を映しつつ、標準化を拒む綴りと発音で詩の言語に革新をもたらす (第6講)。キャロル・アン・ダフィは、パブのトイレという奇想天外な舞台設定で、ジェンダーや高級 / 大衆文化の差異によって構築されるヒエラルキーを逸脱する自画像を描き (第8講)、ロバート・サリヴァンは、ニュージーランド先住民マオリの口承文化の伝統とヨーロッパの文学伝統を柔軟に混淆した新しい詩の姿を航海と書物の比喩に託す (第12講)。
 
詩を読むことは、これらの詩人たちとの、そして何より自分自身との創造的な対話である。そのプロセスを楽しむ契機となることを、本書は目指している。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 中尾 まさみ / 2018)

本の目次

はじめに
 
第I部 詩の言語
第1講【英語】「謎」を学ぶ――ヌーラ・ニー・ゴーノル「キャビンティーリーからの眺め」、ポール・マルドゥーン「クゥーフ」ほか
第2講【実験】眩惑する言葉――エドウィン・モーガン「死の瞬間」「水星に降り立った最初の人間」ほか
第3講【図像】二つのメディアが織りなす迷路――スティーヴィ・スミス「手を振っていたんじゃない、溺れていたんだ」「私を愛して!」ほか
 
第II部 伝統を開く
第4講【定型詩】流動を湛える器――ジェイムズ・K・バクスター「暗い歓迎」
第5講【劇的独白】剃刀とシャーベット――サイモン・アーミテージ「スグリの実のなる季節」
第6講【韻律】発音と綴りの政治学――リントン・クウェシ・ジョンソン「歴史をつくる」「ソニーへの手紙」
 
第III部 「私」とは誰か
第7講【記憶】ある洪水の風景――ジョン・バーンサイド「洪水の中で泳ぐ」
第8講【フェミニズム】白い部屋の中で――キャロル・アン・ダフィ「小さな女の頭蓋骨」
第9講【アイデンティティ】消える「私」/ もう一人の「私」――ポール・マルドゥーン「司教」「なぜブラウンリーは去ったか」ほか
 
第IV部 現代を生きる
第10講【地域紛争】嵐の中に立つ詩人――シェイマス・ヒーニー「犠牲者」
第11講【マイノリティ】密やかな声のドラマ――ジャッキー・ケイ『養子縁組書類』
第12講【ポストコロニアル】図書館と航海術――ロバート・サリヴァン「ワカ62」「ワカ65」ほか
 
おわりに
 

関連情報

書評:
栩木伸明 評 『英文學研究』第96巻 (2019年12月)
http://www.elsj.org/backnumber/2019siel.pdf

飯野友幸 評『東京新聞』2017年12月24日号
 
アルヴィなほ子 『東京大学教養学部報』第599号 (2018年4月2日号)
http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/599/open/599-2-3.html
 
Takagishi, Toshi. Journal of Irish Studies. Vol. 33. (October, 2018)


 

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