協同的探究学習で育む「わかる学力」 豊かな学びと育ちを支えるために
これからの社会では、(1) 多様な知識を関連づけながら、解決のための方法が一つに定まらない非定型の問題を解決すること、(2) 様々な知識を関連づけることを通じて物事の本質を深く理解すること、(3) そうした非定型問題の解決や諸事象の本質的理解を独力だけではなく他者と協同しながら達成していくことが、ますます重要になってきます。以上のようなことを実現する力を「わかる学力」と呼びます。一方で、個別の知識やスキルを適用して、既存の教科書に多く現れるような定型の問題を解決する力を「できる学力」とします。国際比較調査などでは、日本の児童・生徒は「できる学力」には優れているが、「わかる学力」は相対的に弱いという状況が長く続いてきています。
本書では、これからの時代に必要な「わかる学力」をいかに高めるかについて、教育心理学・発達心理学の概念や方法論を用いて明らかにします。それにもとづいて「わかる学力」を高めるために有効と考えられる、非定型問題に対する個人の探究と他者との協同を重視した学習を「協同的探究学習」としてモデル化します (第I部 理念篇)。さらに「協同的探究学習」による授業が、中学校・高校の国語、数学、理科などの各教科で実施され、それらの授業の詳細が紹介されるとともに、授業を通じて生徒一人ひとりの「わかる学力」が高まったか、高まりの契機はどこにあったかなどが心理学の分析方法を用いて明らかにされます。また、そのような学習が、「わかる学力」の育成だけではなく、生徒どうしで多様な考えを対等に認め合うというプロセスを通じて、一人ひとりの「自己肯定感」の育成や、理解や思考、他者との協同を重視する学習観 (「理解・思考」型学習観) の形成といった社会性や人間関係に関わる変容につながるかどうかについても検討されます (第II部 実践編)。
本書の特徴は、現在の学校教育に関わる問題を心理学的に分析したうえで、心理学の知見と方法論にもとづいて解決方法を提案し、現場の中学校や高校の教員とともに継続的に実践的な協同研究を進めることを通じて、その解決方法を具体化して実行し、効果の検証を行っていることにあります。現代社会の問題をいかに学術的に分析し、その問題に直接的に関わる実践者とともに問題を解決するための具体的な研究を進め、その成果と課題を学術的に導出するかについて、一つのあり方を理解してもらえたらうれしく思います。近年の競争的な環境のもとでなかなか自分に自信が持てず、他者と豊かな関係を築きにくい状況のなかで、多様な価値が尊重される環境のもとでお互いを認めあい、自分自身を肯定的にみることのできるような社会をいかに創造しうるか、そのようなことを学校教育や心理学の側面から考える一つの手がかりになればとも思います。
(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 藤村 宣之 / 2019)
本の目次
1 これからの社会において一人ひとりに必要な力とは
2 学校教育における質の向上と平等性の追求
3 教育の質の向上としての「深い学習」の重視
4 日本の子どものリテラシーや学力の全般的傾向
5 本書の構成
第I部 理念編──子どもの学びの質を高めるために
第1章 「わかる学力」と「できる学力」
1 認知心理学の視点からの学力モデル──「できる学力」と「わかる学力」
2 認知心理学の視点からみた日本の子どもの学力──「できる学力」と「わかる学力」の様相
3 日本の子どもの「わかる学力」が高まらない原因はどこにあるのか
第2章 「協同的探究学習」とは
1 「わかる学力」が高まるメカニズムI──「探究」を通じた個人の理解の深まり
2 「わかる学力」が高まるメカニズムII──「協同」を通じた個人の理解の深まり
3 「協同的探究学習」の理念──探究と協同を重視した授業デザイン
4 「協同的探究学習」──学習方法としての4つの特質
5 「主体的・対話的で深い学び」としての「協同的探究学習」
6 「協同的探究学習」の実践事例──小学校算数の授業から
7 これからの時代の学習としての意義
第3章 探究の学びの意義
1 学びが深まるきっかけとは
2 学びが深まるメカニズム
3 概念的理解の深化メカニズム
第4章 協同の学びの意義
1 協同での学び
2 協同的問題解決を通じた学びの効果
3 他者が個人の問題解決の促進に果たす役割
4 知識の相互構築過程を通じた個人の概念的理解の深まり
第II部 実践編──協同的探究学習の授業の実際
第5章 中学校国語「少年の日の思い出」──人物の心情について理解を深める
1 中学校国語でめざす「わかる学力」
2 協同的探究学習の導入場面と授業過程
3 協同的探究学習としての工夫
4 子どもの探究と協同はどのように進んだか──中学校国語科授業の心理学的分析
5 子どもの「わかる学力」は高まったか
コラム 「書く」領域につながる協同的探究学習
第6章 高等学校国語「せきをしてもひとり」──感情をどう表現するか
1 高等学校国語でめざす「わかる学力」
2 協同的探究学習の導入場面と授業過程
3 協同的探究学習としての工夫
4 子どもの探究と協同はどのように進んだか──高等学校国語科授業の心理学的分析
5 子どもの「わかる学力」は高まったか
コラム 「評論文」における協同的探究学習
第7章 中学校数学「文字と式」──カレンダーの秘密を探る
1 中学校数学でめざす「わかる学力」
2 協同的探究学習の導入場面と授業過程
3 協同的探究学習としての工夫
4 子どもの探究と協同はどのように進んだか──中学校数学科授業の心理学的分析
5 子どもの「わかる学力」は高まったか
コラム 統計や幾何における協同的探究学習
第8章 高等学校数学「数列」──和から広がる世界
1 高等学校数学でめざす「わかる学力」
2 協同的探究学習の導入場面と授業過程
3 協同的探究学習としての工夫
4 子どもの探究と協同はどのように進んだか──高等学校数学科授業の心理学的分析
5 子どもの「わかる学力」は高まったか
コラム 数列以外の単元における協同的探究学習
第9章 中学校理科「細胞分裂」──瞬間から時の流れを予想する
1 中学校理科でめざす「わかる学力」
2 協同的探究学習の導入場面と授業過程
3 協同的探究学習としての工夫
4 子どもの探究と協同はどのように進んだか──中学校理科授業の心理学的分析
5 子どもの「わかる学力」は高まったか
コラム 「凸レンズ」で作図の意味を体感する
第10章 高等学校理科「酸化還元反応」──多面的にみる金属の性質
1 高等学校理科(化学基礎)でめざす「わかる学力」
2 協同的探究学習の導入場面と授業過程
3 協同的探究学習としての工夫
4 子どもの探究と協同はどのように進んだか──高等学校理科授業の心理学的分析
5 子どもの「わかる学力」は高まったか
コラム 化学基礎でのその他の取り組み
第11章 学びの質を高めるには──協同的探究学習の広がりと深まり
1 一人ひとりの学びの質を高めるには──「協同的探究学習」の理念と実践
2 時間としての広がり──協同的探究学習の長期的取り組みとその評価
3 空間としての広がり──各教科における協同的探究学習の展開
4 「協同的探究学習」の深まり──さらなる「わかる学力」向上に向けての工夫
終 章 一人ひとりの学びと育ちを支えるために
1 「協同的探究学習」のもうひとつの目的とは
2 自己肯定感の育成や他者理解の深まりは実現されているか
3 学習と発達の関係を考える──協同的探究学習の2つの目的はどのように関わるか
4 協同的探究学習が開くこれからの世界
おわりに
索 引
関連情報
特集:加古川の「授業改善」進行中!~小・中学校の「協同的探究学習」とは~ (広報かこがわ令和2年2月号 2020年2月19日)
https://opendata-api-kakogawa.jp/ckan/dataset/73c39694-9e50-44af-a54f-1db27b5b8fe7/resource/e5eeb0ee-4a36-4fd0-819f-53eb142f39cb/download/r2_2html.html
書評:
協同的探究学習で育む「わかる学力」 (日本教育新聞 2018年5月21日)
https://www.kyoiku-press.com/post-192814/