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書籍名

歴史科学叢書 武家奉公人と都市社会

著者名

松本 良太 【故人】

判型など

360ページ

言語

日本語

発行年月日

2017年12月1日

ISBN コード

978-4751747803

出版社

校倉書房

学内図書館貸出状況(OPAC)

武家奉公人と都市社会

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本書の著者である松本良太君は、2016年9月、史料編纂所近世史料部門の准教授在任中に心不全で亡くなった。享年58歳であった。本書は、故人の大学院時代の恩師にあたる吉田伸之東京大学名誉教授を中心に、同僚らが故人の業績を取りまとめた遺稿集である (3部構成)。
 
江戸の武家地空間を構成する大名あるいは旗本屋敷には、武士身分の家臣とは別に、足軽・中間・小者といった膨大な数の武家奉公人が存在した。彼らの多くは、大名や旗本の国元の農村や城下町から短い年季の奉公人として抱え入れられて連れてこられた者たちであり、同時に江戸市中において抱え入れられた者も多く存在した。吉田伸之氏が、江戸屋敷に展開する短季の武家奉公人について、都市下層社会の「最も基底的な存在」である「日用」層、事実上の労働力販売層の主要な一形態 (日本型傭兵) として論じた一連の研究を踏まえつつ、松本君は信州や上総の事例分析にもとづき、大名・旗本の江戸屋敷に奉公人を供給していた「抱元 (かかえもと)」という特殊な周旋業者による奉公人の供給構造を検討した。また、武家屋敷内での奉公人の存在形態や使役のされ方を分析し、本来の武士身分により構成される社会とは異質な「部屋的構造 (部屋頭たちを担い手とする労働・生活レベルでの多様な仕来りや慣行が存在し、屋敷方の支配・管理から相対的に自立的な領域)」を有する独自の奉公人世界の展開を論じている。長州藩江戸屋敷を素材にした論稿では、国元で雇用されて江戸に連れてこられた「御国者」奉公人の多くが「欠落 (かけおち、逃げて行方をくらますこと)」等を通じて江戸市中へ流入していく実態を指摘している。『岩波講座・日本通史』に収録された「人宿 (ひとやど、幕府諸役所や武家方・町方・寺社方に対して、奉公人・日用以下の多種多様な労働力の供給を担った口入れ・請負商人)」をはじめ、総じてこの第1・2部は、緻密な実証と重厚な論理にもとづく「武家奉公人に関する一連の基礎研究」となっている。
 
第3部には、「武家奉公人研究から直接展開した研究テーマ」や、「新たな研究の萌芽」とみられるものがまとめられている。とくに、第8章の「近世後期の武士身分と都市社会」は、1998年度の歴史学研究会大会・近世史部会での報告であり、武家奉公人研究で培った問題意識から下級武士論へと議論が展開しようとしている。取り上げた史料は、近世後期の小説家・滝沢馬琴 (たきざわばきん、1767-1848) が著した家記であった。滝沢家は旗本用人をつとめる下級武士の家であり、松本君は、この分析を通じて、旗本家臣 (用人層) と御家人層が内部で流動しつつ相互に密接な関連を有しており、総体が一個の下級武士社会を形成していたことを論じたのである。
 
残念ながら松本君の研究は病魔によって中断され、補論に収められたように、未完成なまま残されたものもある。しかし松本君の明確な問題意識と緻密な実証は、この分野の研究史にしっかりと記憶されるべきである。一読をおすすめしたい。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 教授/所長 保谷 徹 / 2018)

本の目次

序 松本良太君の仕事…保谷 徹
松本良太君  略歴
松本良太君  業績一覧
序にかえて 生まれ変わったら自分の命を大切に…横山伊徳
 
第1部
第1章 江戸屋敷奉公人と抱元―信州抱元を主な対象として
第2章 藩邸社会と都市下層社会―労働力供給の問題を中心に
第3章 長州藩江戸屋敷と「御国者」奉公人―元禄期における武家奉公人の実態
第4章 人宿
 
第2部
第5章 上総抱奉公人と抱元
  補論1 [史料解説] 上総抱奉公人と抱元
第6章 [史料紹介] 「上総国奉公人抱方為取替規定」について―上総における抱元関係史料
  補論2 [史料研究ノート] 番組人宿と抱元
第7章 書評 森下 徹 著『日本近世雇用労働史の研究』
 
第3部
第8章 近世後期武士身分と都市社会―「下級武士」の問題を中心に
第9章 日本近世国家をめぐる議論をふりかえって―山本・水林論争の性格と問題点
  補論3 [史料研究ノート] [本所入江町水茶屋にて津軽藩小人喧嘩口論一件]
  補論4 [史料研究ノート] 江戸町触について―天保期の名主寄合とその性格
解題にかえて―武家奉公人研究の課題について…森下 徹
編集を終えて 吉田伸之
 

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