東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

帯にイスラーム過激派組織ISのテロリスト、ジハーディ・ジョンの刃物を振りかざす写真

書籍名

文春新書 イスラーム国の衝撃

著者名

池内 恵

判型など

240ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2015年1月20日

ISBN コード

978-4-16-661013-6

出版社

文藝春秋

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イスラーム国の衝撃

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本書は、様々な偶然が重なって、日本社会で大きな反響を呼び、広く流通し、受容された。この本が出版されたのは2015年1月20日である。この日は、日本社会にとって「イスラーム国 (IS)」の重要性が著しく高まった瞬間だった。この日、「イスラーム国」が日本人2名の人質殺害を脅迫する映像をインターネット上で公開し、日本政府に巨額の身代金を要求したことで、「イスラーム国」は日本の内政の重大な課題として浮上し、与野党の闘争の争点となった。
 
それに先立つ2014年6月に、「イスラーム国」はイラク北部の主要都市モースルを電撃的な攻撃で占拠し、大きな注目を集めた。「イスラーム国」は翌月までにシリア北東部のラッカを中心とした広大な領域を占領し、その後数年間の国際政治の主要な課題となった。
 
しかし日本の国内では「イスラーム国」の問題を自国の問題、特に内政上の争点として認識する動きは鈍かった。「イスラーム国」への関心が高まるきっかけとなったのが、2014年の10月に発覚した、日本人学生が「イスラーム国」への渡航・参加を試み公権力によって阻止された事件だった。「イスラーム国」の思想に理解・共鳴を示す学者と、それに心酔する少数の若者の存在、そしてその一部がシリアやイラクに渡航し「イスラーム国」に加わることを試み未然に阻止されるという事件の報道により、「イスラーム国」に関する関心は日本社会の中で高まり始めた。これに出版・報道メディアは応えようと動き始めた。
 
本書は、それまでに著者が発表していた学会誌・学術誌掲載の論文に基づき、一般社会の「イスラーム国」への関心の高まりに応えるために、機敏にまとめられ、刊行された。著者が本書を執筆する際に根拠とした自らの論文は、主に次のものである。
 
池内恵「グローバル・ジハードの変容」(『年報政治学』2013年第I号、木鐸社、2013年6月、189-214頁);池内恵「一匹狼(ローン・ウルフ)型ジハードの思想・理論的背景」(『警察学論集』第66巻第12号、立花書房、2013年12月、88-115頁);池内恵「アル=カーイダの夢──2020年、世界カリフ国家構想」(『外交』第23号、外務省、2014年1月、32-37頁);池内恵「「指導者なきジハード」の戦略と組織」(『戦略研究』第14号、戦略研究学会、2014年3月、19-36頁);池内恵「近代ジハード論の系譜学」(日本国際政治学会編『国際政治』第175号、有斐閣、2014年3月、115-129頁)

これ以外にも、「アラブの春」後の民主化の試みで開かれた機会に台頭した、ムスリム同胞団などの穏健派・現状の政治体制の中で政治参加を目指す勢力が、エジプトの軍主導のクーデタで阻止されたことを背景にした、代替肢としての過激派の台頭に、著者は注目し、調査を進めていた。この関心は例えば次のようなエッセイによって示されていた。

池内恵「『だから言っただろう!』──ジハード主義者のムスリム同胞団批判」(『アステイオン』第79号、阪急コミュニケーションズ、2013年11月、196—202頁)
 
その矢先に「イスラーム国」が台頭し、国際政治の主要な課題として現れ、日本においても注目が高まる兆しが見えた。その段階で、「イスラーム国」についての基礎的な情報を選択し網羅した基礎的な書籍が早期に必要であると、著者は判断した。「イスラーム国」が日本社会の重大な政治課題となり、与野党の争点となってしまった後では、中立的な言論を行うことは困難となる。「イスラーム国」の性質についてのいかなる判断も、特定の政治的立場に基づいた政治的主張として受け止められ、無用な論争の素材となり、非難の対象となりかねないからだ。
 
「イスラーム国」の組織の性質や歴史的経緯、その思想や政治的要求について、包括的に描いた書物はそれまで日本語にはなく、英語にも多くはなかった。この本は、「イスラーム国」の、脱中心的で、指揮命令系統が曖昧である「グローバル・ジハード」の一つの現象としての性質を論じつつ、イラクやシリアで武装組織として発展した歴史的・政治的経緯もまとめている。
 
この本の帯には「ジハーディー・ジョン」と欧米メディアで呼ばれるようになっていた、それまでに「イスラーム国」の多くの公開映像で、欧米人の人質の殺害を脅迫し、実際に殺害する場面に登場していた人物の姿があしらってあった。2015年1月20日に公開された、シリアで人質となっていた2名の日本人の殺害を脅迫する映像にも、この「ジハーディー・ジョン」は登場した。日本の文字通りあらゆるメディアが、「ジハーディー・ジョン」が刃物を振りかざす映像を繰り返し放映する中で、偶然にも、「ジハーディー・ジョン」の写真を帯にあしらい、「イスラーム国」の名を書名に掲げた本書が、市場に出た。それにより、多大な広告宣伝効果を得ることになってしまった。その後2名の日本人人質が殺害されたことを考えれば、この本が広く読者の手に取られたことは、不幸であり、悼ましいものである。
 
本書は2015年に毎日出版文化賞特別賞を受けると共に、著者が翌年に中曽根康弘賞優秀賞を受賞する一つの理由となった。
 

(紹介文執筆者: 先端科学技術研究センター 教授 池内 恵 / 2019)

本の目次

1  イスラーム国の衝撃
    モースル陥落
    カリフ制を宣言
    カリフの説教壇
    「領域支配」という新機軸
    斬首による処刑と奴隷制
    何がイスラーム国をもたらしたのか
    本書の視角──思想史と政治学
 
2  イスラーム国の来歴
    アル=カーイダの分散型ネットワーク
    聖域の消滅
    追い詰められるアル=カーイダ
    特殊部隊・諜報機関・超法規的送致
    なおも生き残ったアル=カーイダ
    アル=カーイダ中枢の避難場所──パキスタン
    アフガニスタン・パキスタン国境を勢力範囲に
    アル=カーイダ関連組織の「フランチャイズ化」
    「別ブランド」の模索
    「ロンドニスタン」の「ローン・ウルフ(一匹狼)」
    指導者なきジハード?
 
3  甦るイラクのアル=カーイダ
    イラクのアル=カーイダ
    ヨルダン人のザルカーウィー
    組織の変遷
    イラク内戦の深淵
    斬首映像の衝撃
    アル=カーイダ関連組織の嚆矢
    ザルカーウィーの死と「バグダーディー」たち
    カリフ制への布石
    二〇二〇年世界カリフ制国家再興構想
    「カリフ制イスラーム国」の胎動
 
4  「アラブの春」で開かれた戦線
    「アラブの春」の帰結
    中央政府の揺らぎ
    「統治されない空間」の出現
    隣接地域への紛争拡大
    イラク戦争という「先駆的実験」
    イスラーム主義穏健派の台頭と失墜
    「制度内改革派」と「制度外武闘派」
    穏健派の台頭と失墜
    紛争の宗派主義化
 
5  イラクとシリアに現れた聖域──「国家」への道
    現体制への根本的不満──二〇〇五年憲法信任投票
    スンナ派に不利な連邦制と一院制・議院内閣制
    サージ(大規模増派)と「イラクの息子」
    マーリキー政権の宗派主義的政策
    フセイン政権残党の流入
    「アラブの春」とシリア・アサド政権
    シリアの戦略的価値
    戦闘員の逆流
    乱立するイスラーム系武装勢力
    イラク・イスラーム国本体がシリアに進出
    イスラーム国の資金源
    土着化するアル=カーイダ系組織
 
6  ジハード戦士の結集
    傭兵ではなく義勇兵
    ジハード論の基礎概念
    ムハージルーンとアンサール──ジハードを構成する主体
    外国人戦闘員の実際の役割
    外国人戦闘員の割合
    外国人戦闘員の出身国
    欧米出身者が脚光を浴びる理由
    「帰還兵」への過剰な警戒は逆効果──自己成就的予言の危機
    日本人とイスラーム国
 
7  思想とシンボル──メディア戦略
    すでに定まった結論
    電脳空間のグローバル・ジハード
    オレンジ色の囚人服を着せて
    斬首映像の巧みな演出
    『ダービク』に色濃い終末論
    九〇年代の終末論ブームを受け継ぐ
    終末論の両義性
    預言者のジハードに重ね合わせる
 
8  中東秩序の行方
    分水嶺としてのイスラーム国
    一九一九年 第一次世界大戦後の中東秩序の形成
    一九五二年 ナセルのクーデタと民族主義
    一九七九年 イラン革命とイスラーム主義
    一九九一年 湾岸戦争と米国覇権
    二〇〇一年 9・11事件と対テロ戦争
    二〇一一年 「アラブの春」とイスラーム国の伸張
    イスラーム国は今後広がるか
    遠隔地での呼応と国家分裂の連鎖
    米国覇権の希薄化
    地域大国の影響力
 
むすびに
参考文献
 

関連情報

受賞:
第12回 中曽根康弘賞 (2016年7月1日)
http://www.iips.org/award/winner_12.html
 
第69回毎日出版文化賞受賞作 特別賞 (2015年)
http://prizesworld.com/prizes/various/mshp.htm#list069
 
2016新書大賞 ベスト5 (中央公論新社後援)
https://www.chuko.co.jp/special/shinsho_award/
 
 
関連サイト:
『イスラーム国の衝撃』サポートページ (池内恵)
http://ikeuchisatoshi.com/category/%E3%80%8E%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83%E3%80%8F/
 
池内恵の中東通信 (新潮社Foresight)
https://www.fsight.jp/category/ikeuchinews
 
 
インタビュー:
池内恵「日本人人質事件に寄せて――「日本人の心の内」こそ、彼らの標的だ」 (2015年1月23日)
https://books.bunshun.jp/articles/-/3243
 
 
書籍紹介:
「イスラム国」の実体は――中東の構造変化が背景 (日本経済新聞 2016年12月5日)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO10264430T01C16A2TCL000/
 
特集 2016年新書大賞 (『中央公論』 2016年3月号)
http://www.chuko.co.jp/chuokoron/2016/02/20163_1.html
 
東京大学生協本郷書籍部 ブックベスト10「イスラーム国の衝撃」が2ヶ月連続1位 (2015年2~3月)
https://www.univcoop.or.jp/fresh/book/best10/best10_1502.html
https://www.univcoop.or.jp/fresh/book/best10/best10_1503.html
 
 
書評:
荻上チキ (評論家) 評 あおりには分析、渦巻く情報整理 (好書好日 2018年6月8日 / 朝日新聞掲載 2015年3月1日)
https://book.asahi.com/article/11599008
 
渡辺京二 評 読書日記「『イスラム国』を読み解く気鋭学者の”正気”」 (『週刊エコノミスト』 2015年4月14日号)
https://www.weekly-economist.com/2015/04/14/%E7%9B%AE%E6%AC%A1-2015%E5%B9%B44%E6%9C%8814%E6%97%A5%E5%8F%B7/
 
本村凌二(推薦)・岡真里・橋爪大三郎《今週の本棚》「『聖戦』の広がりと変容」 (毎日新聞 2015年3月29日)
 
津田大介 評 《時代を読むこの3冊》「憎悪の連鎖、絶つために」 (朝日新聞 2015年2月22日)
https://www.asahi.com/articles/DA3S11614790.html
 
「『イスラーム国の衝撃』 池内恵著」 (読売新聞 2015年2月22日朝刊)
 
野口健 評 《書評倶楽部》「『イスラーム国の衝撃』池内恵著」 (産経新聞 2015年2月21日)
https://www.sankei.com/life/news/150221/lif1502210024-n1.html
 
《永江朗の充電完了》「電子書籍 危機一髪!」 (『週刊文春』 2015年2月19日号)
http://shukan.bunshun.jp/articles/-/4825
 
幅允考 評 《3冊の本棚》「「イスラム国」本、読み比べ」 (東京新聞 2015年2月15日)
 
佐々木実 選評 《かばんに一冊》 (信濃毎日新聞 2015年2月15日)
 
話題の本》「『イスラーム国の衝撃』 池内恵著」 (『週刊エコノミスト』2015年2月10日号 (第93巻第6号・通巻4383号)
https://www.weekly-economist.com/2015/02/10/%E7%9B%AE%E6%AC%A1-2015%E5%B9%B42%E6%9C%8810%E6%97%A5%E5%8F%B7/
 
「イスラーム国の衝撃 池内恵著 闇深める過激派の背景と狙い」 (『日本経済新聞』 2015年2月8日朝刊)
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO82951640X00C15A2MZC000/
 
佐藤優 評 《Book Reviews 知を磨く読書》「敵意を増大させる過剰な警戒」 (『週刊ダイヤモンド』 2015年2月7日号)
https://books.google.co.jp/books?id=c_NvBgAAQBAJ&pg=PA84&lpg=PA84&dq=%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%84%AA%E3%80%80%E6%B1%A0%E5%86%85%E6%81%B5%E3%80%80%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83&source=bl&ots=Co1KfyMZNb&sig=7GwfNz62kF5eO-dvynNNOXNuSZQ&hl=en&sa=X&ei=lSIHVf_kI5Hm8AWahIGoAg&ved=0CD0Q6AEwBDgK#v=onepage&q=%E4%BD%90%E8%97%A4%E5%84%AA%E3%80%80%E6%B1%A0%E5%86%85%E6%81%B5%E3%80%80%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A0%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%A1%9D%E6%92%83&f=false
 
林操 評 《書評欄》「『イスラーム国の衝撃』 池内恵著」 (『週刊新潮』 2015年2月5日号)
https://www.shinchosha.co.jp/shukanshincho/backnumber/20150129/
 
「「イスラーム国の衝撃」池内恵著」 (『日刊ゲンダイ』 2015年2月3日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/156883
 
山形浩生 評 《新・山形月報!》「イスラム国・テロ・経済的可能性」 (cakes 2015年1月30日)
https://cakes.mu/posts/8187
 
「「イスラーム国の衝撃」を易しくかみ砕いてみた」 (永江一石のITマーケティング日記 2015年1月28日)
https://www.landerblue.co.jp/17416/
 
 
韓国語版:
그들은 왜 오렌지색 옷을 입힐까
http://www.book21.com/book/book_view.html?bookSID=3979
 

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