教育心理学特論 [新訂]
教育の世界ほど、たくさんの素朴理論や通俗理論が罷り通っている世界は少ないだろう。いわく、「しっかり教えたら子どもは学べる」「教えるときには基礎から応用へと積み重ねるとよい」「とにかく幼少期からの体験が大事」「授業を型にはめると子どもが自由に考えられなくなる」「のびのび自由に問題を探させていたら自主性と問題発見能力が身につく」……。しかし、これらが本当にそうなのかを教室でも学校でも、あるいは自治体でも丸ごと対象にして検証した試みは少ない。
本書はこうした現状に対して、怒りをもって教育の科学を立ち上げることを提唱した書籍である。
本書のまえがきにあるように、人の活動は、内的な過程と外界からの無数の刺激との間の複雑な絡み合いの結果として起きる。その中で人が学んで行く様は、一人の人のインタラクションの結果として生み出された言動が他の人にとっての刺激になるなど「インタラクションのインタラクション」として生ずる。そう簡単に「こうしたらいい教育ができる」と処方の定まるような研究対象ではない。しかも、人を相手にする研究だから、一つの行為は一回しか起きない。だからこそ、いまの教育心理学は「理論を作る」研究領域というよりは、常に前に起きたことの詳細な分析と直感的な把握を頼りに「次、この特定の人たちに、こう働きかけたらこうなるのではないか」という一回性の予測を持って実際に働きかけてみて、その結果から得られる次の予測や直感をまた次の実践で確かめて行く「実践の科学」の方向へと変わりつつある。その絶え間ない予測と実践、実践の結果から次の予測を立てて次の実践につなぐ作業が、大量に実行され、ある一貫性を持つ方向を示し出したとき、私たちはそこにある種の「人に対してより確実な予測を可能にする実践原理」を持つことになる。
そのような原理の獲得を目指して、全国の教育委員会や学校の約2000人の先生と協働で授業づくりを行っている「知識構成型ジグソー法」を一つの実践の核としながら、知見の整理・体系化を図った。
本書は新学習指導要領の基本方針を固めた中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の教育課程企画特別部会委員を務めていた故三宅なほみ氏による「教育心理学特論」(2012年度) と「教育心理学概論」(2014年度) をベースとしている点で、指導要領、とりわけアクティブ・ラーニング (主体的・対話的で深い学び) の「理論書」として読むこともできる。2016年12月の中教審答申が「教育学だけではなく、「人間の発達や認知に関する科学」を踏まえた」としている背景を本書で知ることができるだろう。
教育を科学と捉え直して骨太の実践を展開したいと考える若い人に手に取ってもらって議論を交わしたいと願う。
(紹介文執筆者: 高大接続研究開発センター 教授 白水 始 / 2018)
本の目次
1 学びの実践科学としての教育心理学
2 活動の認知過程:学ぶことと分かること
3 人が自然に学ぶ仕組み
第II部 自然な学びが起きる場と、そこで起きる学びの仕組み
4 経験から作る素朴概念
5 職場で必要から学ぶ
6 学びの動機づけ
7 対話で理解が深化する仕組み
第III部 自然に起きる学びの過程を活用した実践
8 学びの仕組みを教室に持ち込む
9 対話的な学びの中で何が起こっているか (1)
10 対話的な学びの中で何が起こっているか (2)
11 学びのプロセスを評価する
12 学びと評価を近づける
第IV部 学び、教育、学習研究のこれから
13 学びの研究史から学ぶ
14 教室で質の高い学びを実現し続けるために
15 21世紀の学びを支える「実践学」作りに向けて