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書籍名

岩波ジュニア新書〈知の航海〉シリーズ 知の古典は誘惑する

判型など

190ページ、新書

言語

日本語

発行年月日

2018年6月20日

ISBN コード

9784005008759

出版社

岩波書店

出版社URL

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学内図書館貸出状況(OPAC)

知の古典は誘惑する

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本書は学術会議哲学部会の小委員会「古典精神と未来社会」の共同研究の成果である。読者としては高校生および大学学士課程の学生を念頭においている。「古典」は高校教育においては国語の中の古文・漢文および社会科の倫理などに分かれ、まとまった科目としては教えられていない。他方、大学においてもかつての教養課程が廃止されたため、「応用科目」「臨床科目」の名前のもとに忘れ去られつつある。このような現状に鑑みて本書は古今東西、古典と呼ばれているものの中から代表的なものを精選して取り上げ、各分野の専門家がそのエッセンスをわかりやすくかつ学問的レベルを落とさず説明している。以下、その古典作品と担当者の名前を列挙する。『古事記』小島毅、『論語』土田健次郎、『老子』堀池信夫、『法句経』岡田真美子 (真水)、『ヒトーパデーシャ』吉水千鶴子、『トーラー』手島勲矢、『ゴルギアス』葛西康徳、『方法序説』谷川多佳子。これらの作品の中から筆者 (葛西) の担当した『ゴルギアス』(本書127-151頁「プラトンと職業」) について紹介する。
 
「1 古典との出会いと再会」。わが国では古典は先ほど述べたように高校教育か退職後の知的な娯楽として読まれることが殆どであるが、海外とくに筆者の専門とする西洋古典においては、学部教育課程においてひとつの学問として学ばれ、かつそれを学んだ学生が社会のあらゆる分野 (法律、ビジネス、国際関係等) で活躍するという、日本とは対照的な構造になっている。すなわち日本では古典はこれを専門的に職業として研究教育する人に独占され、実社会 (世間の荒波) とは隔離されたものとなっている。
 
「2 職業と専門家」。『ゴルギアス』が書かれた時代 (紀元前5・4世紀) のギリシアにおいて、職業というものはどのようなものがあったかを、まず考察する。というのは、『ゴルギアス』において、最初に主人公ソクラテス (プラトン) が発する質問は「あなたの職業は何ですか」であるからである。ここで議論の対象となる職業は、「弁論家」であり、その専門 (テクネ―) は「弁論術 (レトリック)」である。ソクラテスは弁論術が専門 (テクネ―) としては不十分であり、一般民衆 (デーモス) の嗜好に左右される「迎合」に過ぎないと喝破する。そして、それにかわる専門 (テクネ―) と呼ぶに値するものを「司法術 (ディカイオシュネー)」と呼ぶ。しかしソクラテスは、この司法術がどのようなものであるか、具体的な像を描いてはいない。
 
「3 説得と専門」。弁論術のキーワード「説得 (ペイトー)」について従来「説得」と訳されてきたために、ギリシア語がもつ本来の意味が誤解されていることを指摘し、裁判をはじめとする様々な紛争・対立場面でこのギリシア語がどのような意味をもつかを分析する必要を示唆する。
 
「4 おわりに」。一般にギリシア人は、ローマ人のような法律または法学を作り上げなかったとされているが、必ずしもそうではない。プラトンは「立法術」については晩年の大作『法律』において非常に詳細に論じている。他方「司法術」については、理論ではなく「実務」としてデモステネスに代表される弁論作家たちが多数の法廷弁論作品を残している。これもまた古典作品であり、法律や裁判制度のみならず、相続や金融そして国際ビジネスの実態をリアルにヴィヴィッドに映し出し、現在の我々を飽きさせることはない。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 葛西 康徳 / 2021)

本の目次

まえがき 小島 毅
葦原中国は我が御子の知らす国――『古事記』 小島 毅
生身の聖人の書――『論語』 土田健次郎
形而上学の幕開け――『老子』 堀池信夫
『真理のことば(ダンマパダ)』――古典としての『法句経』 岡田真美子 (真水)
処世の教えを読む――『ヒトーパデーシャ』 吉水千鶴子
神は人を創造された日、神に似せてこれを造られ男と女に創造された――『トーラー』 手島勲矢
プラトンと職業――『ゴルギアス』 葛西康徳
近代の始まりと学問、自然――『方法序説』 谷川多佳子

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