本書は、高校生から大学生を主な対象として、世界の古典哲学書の入門的解説を行ったものである。古代の中国、ギリシア、インド、日本など、幅広い地域にわたって、11人の専門家が、主だった哲学書のエッセンスを述べている。読書に慣れていない高校生も手に取りやすいように、全体を細かい章にわけて各章を短くまとめるとともに、現代の若者の多くが抱いている「問い」や「悩み」に対して、古典哲学書の言葉を説明しつつ、古くから人々が考えてきたことを伝える形式をとった。全三部からなるが、どこから読んでもかまわないようになっている。第一部は、古典とはなにかという問いについて考えている。第二部では、以下に述べるような具体的な問いをとりあげた。第三部では、執筆者たちが若い読者に勧める書物をあげ、短い解説を付した。
本書が扱った問いや悩みとは以下のものである。
・人の意見にすぐ影響されてしまいます
・親との関係に悩んでいます
・誰も自分のことをわかってくれない気がします
・なんのために生きているのでしょうか
・本当の自分を見つけたいのですが、どうすればいいでしょうか?
・死ぬとはどういうことですか?
・社会の役に立ちたいのですが、どうすればよいでしょうか?
・勉強するのはなんのためでしょうか?
これらの問いや悩みは、現代の若者のもののようではあるが、何千年も前から哲学者たちが悩み自問してきたことと地続きなのである。昨今ではわざわざ本を読まなくてもインターネットで検索したりAIに相談したりするほうが手っ取り早いと思われがちで、本離れ、古典離れがいわれて久しい。本書はあえて本という形で、わかりやすい語り口をとって古典書の内容を解説しながら、上記の問いや悩みに寄り添う形で書かれ、ゆったりと何度も咀嚼できるものをめざした。
本書を企画するにあたって執筆者たち自身が直面した問いは、「そもそも人生の問いに答えはあるのか」というものであった。哲学は人間が生きていくにあたって出会うさまざまな悩みになんとか解決を見出そうとする営みであるが、じつのところ唯一無二の正解などあるわけではない。何千年ものあいだ人類は、さまざまな社会背景に生きながら、手探りで悩み、考えつづけてきたのである。本書が、問いや悩みに答えを与えるのではなく、古典を鍵として、寄り添う試みという形になったのは、「問いに唯一の正解はあるのか」という執筆者たち自身の問いを反映したものである。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 梶原 三恵子 / 2024)
本の目次
第1部 いま古典を読む意味って、何ですか?
1 古典って何ですか?
回答1 過去からの贈り物 中島隆博
回答2 インターフェイスとしての古典 芦名定道
2 時代も社会状況も違うのに、現代を生きる自分たちの役に立ちますか?
回答 古典に自分を映し見る 木村勝彦
3 人に聞いたりネットで検索した方が、早く答えが見つかりませんか?
回答 時空を超えた出会いを見つけよう 吉水千鶴子
4 なぜ大人はよく「古典は大切だ」と言うのですか?
回答1 古くて新しいツールとしての古典 加藤隆宏
回答2 伝えられてきたということ 土屋太祐
5 正直言って、まったく興味がわきません
回答 古典への入り口は、たくさんあります 渡邉義浩
第2部 人生の鍵は、古典のなかにある!
1 人の意見にすぐ影響されてしまいます
回答1 自分の意見を見つけるまで――孔子の「時」の教え 渡邉義浩
回答2 一人の相手と向き合って対話する――ソクラテスの哲学と生き方 納富信留
回答3 他者との関わりをバネに豊かな自分になる――キルケゴールの語る自己 芦名定道
2 親との関係に悩んでいます
回答1 親を乗り越えて進むこと――古代ギリシア神話における子供たち 納富信留
回答2 自分で自分の主人となれ――ブッダの言葉から 吉水千鶴子
回答3 親とはそもそも重圧である――儒教の超絶的親孝行 小倉紀蔵
3 誰も自分のことをわかってくれない気がします
回答1 絆をつくる大切さ――教養小説に描かれた若者たち 佐藤弘夫
回答2 「人間」をつくる――古代インドの人生儀礼 梶原三恵子
回答3 分かってもらえなくとも、怒らないのが君子です――孔子の辛さ、諸葛亮の理解者 渡邉義浩
4 なんのために生きているのでしょうか?
回答1 「目的」「統一」「真理」を捨てよ――弱いニーチェが語ること 小倉紀蔵
回答2 自分より大切なものの発見――他者に尽くした人々の物語 佐藤弘夫
回答3 どのようにしてこの自分を生き抜くか――ニーチェからの問いかけ 木村勝彦
5 本当の自分を見つけたいのですが、どうすればよいでしょうか?
回答1 本当の自分に到着するためのレッスン――「論語」が語る「君子」 中島隆博
回答2 あなたは誰ですか?――私自身を問い直す古代インドの言葉 加藤隆宏
回答3 「本当の自分」を探している「自分」――「臨済録」の言葉 土屋太祐
6 死ぬとはどういうことですか?
回答1 「私の死」に向きあうこと――ヤスパースからの勇気のメッセージ 木村勝彦
回答2 生と死のさかいめ――禅僧の言葉から 土屋太祐
回答3 銀河を旅する死者たち――宮沢賢治の世界から 佐藤弘夫
7 社会の役に立ちたいのですが、どうすればよいでしょうか?
回答1 他者への共感をもつ――大乗仏教の理想 吉水千鶴子
回答2 社会は自己とつながる?つながらない?つながりすぎても危険だ――「大学」に「学ぶ」 小倉紀蔵
回答3 鳩のように、そして(しかし)蛇のように――イエスが弟子に与えたアドバイスから 芦名定道
8 勉強するのはなんのためでしょうか?
回答1 教えを乞い、自分を更新する――古代インドの「知識」継承の営み 梶原三恵子
回答2 変容して自由になる――「論語」と「正法眼蔵」が語る学びの境地 中島隆博
回答3 知ることの神秘の深みの、もっと深みへ――哲人ヘラクレイトスの言葉を聞く 納富信留
第3部 10代にすすめる1冊
執筆者紹介
関連情報
編著者による紹介 (東洋文化研究所ホームページ 2023年6月13日)
https://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/news.php?id=TueJun130531432023
イベント:
~#学びと学び直し 講座 番外編~ 岩波ジュニア新書『扉をひらく哲学』刊行記念 中島隆博先生×納富信留先生×佐藤弘夫先生 トークイベント (三省堂書店池袋本店 2023年8月8日)
https://ikebukuro.books-sanseido.co.jp/events/6931