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入門儀礼中のインド人の子供たちの写真

書籍名

古代インドの入門儀礼

著者名

梶原 三恵子

判型など

462ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2021年2月25日

ISBN コード

9784831863881

出版社

法蔵館

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インドの文化は、世界の多くの文化がそうであったように、それぞれの時代における最先端の知識が次の世代へと伝えられ、増幅され、あるいは革新されるという営みをとおして発達した。各分野の専門知識は、師が弟子に教授するかたちで伝えられた。それぞれの知識が、それを伝えていた人々にとって重要なものであればあるほど、教授する相手は限定されなければならなかった。
 
本書の主題は、インドの文献に残っているものとしては最も古い、ヴェーダの宗教 (バラモン教) における入門儀礼である。この入門儀礼は前10世紀ごろから文献に言及されはじめ、紀元前3世紀ごろにはウパナヤナ (入門式) とよばれる形式が確立され、その後もインド文化の中で継承された。本書では、古代インドの入門儀礼の成立史、儀軌の変遷と詳細、「入門」が内包する観念と機能を、古代の文献に即して論じる。ヴェーダの宗教の入門儀礼に加え、初期仏教の受戒儀礼の源流をも探る。
 
ヴェーダの宗教の入門儀礼は、聖典学習の儀礼と、新生・再生の観念を背景とする通過儀礼との、二つの相を有する。ヴェーダ聖典は、今日に至るまで、師から弟子に口頭で伝えられる。師から学ぶ資格を得るには、入門儀礼を経ねばならない。これが学習儀礼としての入門である。さらに、ヴェーダの宗教の入門儀礼では、入門者は師の「胎児」となり、聖典学習者として新たに生まれるとされる。ここに通過儀礼としての入門という相がみられる。
 
入門時に新生するという観念をうけて、後期ヴェーダ以降の入門式は、父母からの誕生に次ぐ二度目の誕生として位置づけられ、入門式を経た者は「再生族」とよばれるようになる。そして入門式は、それを経て再生族となる上位階級と、入門式を受けられず再生族になれない下位階級とを区分する社会的装置として機能するに至る。一方で、入門が内包する新生の観念は、社会規範から外れる行いをなした者が過ちの打ち消しと浄化のために入門式を再度行うという規定をも生みだした。これは入門のもつ新生・再生の面が極端に強調され、聖典学習との関係が失われている例である。
 
本書では、前10世紀ごろのアタルヴァヴェーダにある神秘的な讃歌群から、前3世紀ごろの儀礼綱要書グリヒヤスートラにおける入門式の儀軌まで、サンスクリット語の原文に和訳を添えて解説した。専門書ではあるが、サンスクリット語を解さなくとも、原文部分をとばして通読できるつくりになっている。ヴェーダの入門儀礼は、のちに、密教の入信儀礼や、医学生の入門儀礼など、インド文化のさまざまな分野に直接間接に影響を及ぼした。現代南アジアのヒンドゥー社会でも入門式の伝統が継承されている。ひろくインド文化に関心のある人々に本書を手に取っていただければ幸いである。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 梶原 三恵子 / 2021)

本の目次

序 論
はじめに
1 「ヴェーダ」―― 古代インドの宗教文化

第一部 ブラフマチャーリンとブラフマチャリヤ
はじめに
1 リグヴェーダにおけるbrahmacārín
2 アタルヴァヴェーダにおけるbrahmacārín とbrahmacárya
3 ブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッド(1)
4 ブラーフマナ、アーラニヤカ、ウパニシャッド(2)
5 スートラ文献(1) 「ヴェーダ学生」ではないbrahmacārin
6 スートラ文献(2) 「ヴェーダ学生」としてのbrahmacārin
7 小 結

第二部 ヴェーダ入門儀礼 ―― 儀軌の成立と展開
はじめに
1 入門儀礼と結婚儀礼 ―― 後期ヴェーダにおける確立形の概略
2 『アタルヴァヴェーダ』が伝える入門儀礼
3 ブラーフマナが伝える入門儀礼章
4 後期ヴェーダ文献が伝える入門儀礼
5 入門儀礼を構成する諸要素 ―― 先史からグリヒヤスートラまで

第三部 ヴェーダ入門儀礼の二つの相
はじめに
1 入門儀礼の二つの相(1) 学習儀礼
2 入門儀礼の二つの相(2) 通過儀礼
3 小 結
 
第四部 ヴェーダ入門儀礼と初期仏教の受戒儀礼
はじめに
1 仏陀その人への「入門」
2 初期経典の教説部分にみられる仏陀への入門
3 初期経典の仏伝部分にみられる仏陀への入門
4 初期律典の仏伝部分にみられる仏陀への入門
5 ウパニシャッドの入門儀礼と初期仏典の仏陀への入門
6 小 結
結 論
略号と参考文献
索 引
 

関連情報

関連記事:
梶原 三恵子「インドにおけるヴェーダの伝承について」 (『国際哲学研究』7号 2018年)
hhttp://doi.org/10.34428/00009791

梶原 三恵子「ウパニシャッドと初期仏典の一接点 --入門・受戒の儀礼とブラフマチャリヤ--」 (『人文學報』 2016年7月30日)
https://doi.org/10.14989/216260
 

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