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書籍名

むらと家を守った江戸時代の人びと 人口減少地域の養子制度と百姓株式

著者名

戸石 七生

判型など

272ぺージ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2017年11月

ISBN コード

9784540171857

出版社

農山漁村文化協会 (農文協)

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むらと家を守った江戸時代の人びと

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農村の人口不足は、現代特有の問題ではない。江戸時代の日本農村でも、よりよい生活を求めて、多くの人々が都市や他村に移住した。その結果、農業の担い手不足に苦しんだ村は数々の対策に活路を見出すことを迫られた。その一つが、養子縁組である。近世日本は養子縁組大国であった。
 
とはいえ、養子になったものの多くが成年養子であり、かつ男子であった。また、多くのケースで養子と養親の間に血縁関係がないのも近世日本の特徴である。婿養子であっても、養親の娘との結婚とは別に養子と養親の間で養子縁組が行われた。極端な場合は、死亡した人物を養親とした養子縁組が行われる場合もあった。
 
なぜ、近世日本では養子の多くが成年男性であったのだろうか。また、なぜ死亡した人物を養親とした養子縁組が行われたのか。
 
近世日本の養子縁組の太宗は、欧米の養子縁組研究における「身寄りのない子供の保護のための養子縁組」という枠組みから大きく逸脱している。また、日本の養子研究において主張されてきた「家の後継ぎを確保するための養子」という説明も不十分である。既に死亡した人物を養親として養子縁組が行われる場合、養親に後継ぎ確保の動機がないからである。それでは、誰が養子を必要としたのか。
 
本書では、近世日本の百姓身分における養子縁組を分析する上で、従来の「家」のための養子という観点に止まらず、「村」のための養子という観点から養子縁組を説明することを試みた。
 
先行研究のレビュ―の結果、近世日本の多くの村においては、村のメンバーシップ (主な内容は寄合・村祭りへの参加) と営農に必要な宅地 (屋敷地)・耕地 (田畑)・林野 (山林) の利用権のセットが、百姓株式として家だけではなく村の管理の対象であることが判明した。また、このようにメンバーシップと営農に必要な手段を村が管理する制度は日本だけではなく、近世西インドにもあったことが日本人のインド史研究者により明らかにされていた。
 
よって、百姓身分の養子縁組の目的は、村にとっても家にとっても「身寄りのない子供の保護」ではなく、「百姓株式の譲渡」であった。養子縁組証文や村送り状を始めとする地方文書の分析の結果、死亡した人物を養親とした養子縁組は、村にとって担い手のいない農業経営体に担い手を確保するための手段であることが明らかになった。
 
結論として、近世日本の百姓身分における養子縁組の太宗は、担い手のいない農業経営対に担い手を確保するための手段であり、成年への選好、特に男子への選好はその結果生じていたことが明らかになった。
 
現在の日本農村では、担い手不足が最大の問題となって久しい。そのような状況で、血縁者による継承は少子化のため困難になっており、第三者継承の重要性が高まっている。近世の村の経験は、現代にとっても大いに示唆的なのではないだろうか。

(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 准教授 戸石 七生 / 2020)

本の目次

 序  章 本書の課題と射程-江戸時代の農業経営の第三者継承と養子―養子縁組は家だけの問題か?
 
第一部 家とむらの維持に関する先行研究と分析枠組み

第一章 養子の先行研究とその課題
一 日本の養子の特徴 二 近世日本農村の養子に関する先行研究 三 イエ・ムラ研究と養子――長谷川善計の問題提起 家と村をつなぐもの 親族としての家 株式としての家 文化人類学分野の家研究
四 先行研究の課題 株式譲渡手段としての養子
 
第二章 養子分析のための分析枠組み
一 百姓株式研究とインド農村史研究 二 インドの農本主義的社会分業とワタン
五 子縁組のステークホルダー―家と血縁集団・地縁集団・職業集団・国家権力―1
家が先か、村が先か 氏と家、村と家 それでも家が先か
 
第二部 農村地域社会維持の実証研究

第三章 実証研究の課題と目的
一 相模国横野村を事例とした実証研究の目的 二 史料と時期区分
 
第四章 横野村の概況
一 地理的概況 二 村の成立と支配 三 宗教施設 四 百姓身分 五 非百姓身分(寺僧・修験僧・番非人)
六 生業と土地利用 七 村内組織 八 地域社会と村落財政
 
第五章 横野村における養子縁組の趨勢
一 目的と分析手法
目的、史料、分析手法
サンプル・セレクション・バイアス
二 横野村における養子縁組の種類
三 村送り証文・寺送り証文と宗門改帳・戸籍の比較
四 おわりに―村送り証文・寺送り証文と宗門改帳・戸籍の「ズレ」の意義
 
第六章 養子縁組と明屋敷の再興
一 近世後期関東の農村問題と「明屋敷」
二 明屋敷の人口学的背景
近世後期地方別人口の推移  横野村の人口推移
三 家の消滅と再興
四 明屋敷の管理と再興
明屋敷の管理 明屋敷の再興と養子縁組 横野村における百姓株式の定数の算出
 
第七章 養子縁組のステークホルダー分析
一 はじめに
二 潰百姓と百姓株式制度
三 村・五人組による「潰百姓」防止対策
経済的脆弱性への対応
人口学的脆弱性への対応
四 村・五人組と潰百姓対策
物的資源の管理
人的資源の管理
五 利害対立によるステークホルダーの役割の顕在化
職業集団の役割
国家権力の役割――百姓株式数は国家権力によって固定されたのか
六 おわりに
 
終 章

関連情報

書評:
尾脇 秀和 評 (『日本史研究』677号 2019年1月)
http://www.nihonshiken.jp/category/jounal/jounal-jounal/page/3/

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