本書の目的は、日本の家族の歴史とその特質を、国際比較の視点を交えて長期的に描き出すことである。そのため、総括にあたる序章終章の他、実証部分を3部に分ける。第1部では、日本の中近世における家族を対象に、家の成立過程とその時期について論じる。第2部では、近現代における「近代的」制度の導入後の家の変化を論じる。言い換えれば、民法を始めとする「近代的」制度の導入は家にとって画期だったのかということである。第3部では、世界の家と比較して、日本の家はどのような特徴を持つのかを論じる。日本の家を扱った類書は数多あるが、理論的明快さ、観察期間と比較対象の的確さにおいて本書は類を見ない。
第一部: 第1章では、最も早期に成立した畿内について、遅くとも15~16世紀には中下層も含めた家の成立が見られたことを明らかにする。第2章では、中近世にかけて、畿内と畿内に続いて周縁地域に家が成立する過程を描いた。その際、家の成立において祭祀組織兼村政組織であった宮座が大きな役割を果たした。第3章では、さらに周縁である関東で、18世紀に家が確立する様子を描いた。その際重要な役割を果たしたのは、村のサブグループである五人組であった。第4章では、さらにその周縁である東北と西南の村で19世紀に直系家族の構造を持った「家」が成立した様相を描いた。
第2部: 第5章では、第3章の地域において、家が近世近代移行期にさらに発達し、新たな慣行として座送りや家の墓が確立される様を描いた。第6章では、三井越後屋の財閥化を分析した。奉公人別家が血縁家族である三井本家と企業から排除された結果、内核 (本家) と外核 (別家) からなる三井財閥の二重構造が成立した。第7章では、明治民法が西欧の近代法の原理 (個人の所有権の絶対性・排他性) を導入し、家産の共同性を否定したため、結果として生じた生活実態と法律の乖離を埋める役割を多くの判例が担ったことを明らかにした。第8章では、下北半島の農村において、古い組織と考えられていた家連合が、20世紀末に家族規模の縮小にともない拡大したことが明らかになった。これは、家と村を理解する上で、両者を補完するサブグループの重要性と、村落構造のダイナミズムを観察する必要性を意味する。
第3部: 第9章・第10章では現代の父系親族社会を対象に、家のあり方を描く。台湾では妻の家族の経済的援助が家を運営する上で大きな役割を果たしており、親戚関係だけではなく縁戚関係も重要である。韓国の家族は、家単位の観察では日本と直系家族である点が似ているが、村を超えた強固な父系親族のつながりが存在する点が大きく異なる。第11章では、19世紀のインドで家産が村と家双方に所属していており、日本に似た家が成立していたことが明らかになった。第12章では、緩やかな親族ネットワークを駆使しなければ大農ですら家産形成が困難であった近代のスウェーデンで、小農レベルで夫婦家族単位の家が確立したことが明らかになった。最大の要因は工業化に伴う兼業化であった。
(紹介文執筆者: 農学生命科学研究科・農学部 准教授 戸石 七生 / 2020)
本の目次
第1部 家社会の成立史
第1章 戦国期畿内近国の百姓と家 坂田 聡
第2章 中世・近世の宮座と家 薗部寿樹
第3章 関東における家の成立過程と村―地縁的・職業的身分共同体と家 戸石七生
第4章 近世後期における家の確立―東北農村と西南海村の事例 平井晶子
第2部 近現代における家社会の展開
第5章 家・宮座・共同体―近代移行期における家墓の普及と座送り慣行 市川秀之
第6章 家・同族論からみた家族企業の全体像―三井の別家に注目して 多田哲久
第7章 明治民法「家」制度の構造と大正改正要綱の「世帯」概念―立法と司法における二つの「家」モデルと <共同性> 宇野文重
第8章 下北村落における家の共同性―オヤグマキとユブシオヤ・ムスコを中心として 林 研三
第3部 国際比較の視点から
第9章 婚出女性がつなぐ「家」―台湾漢民族社会における姉妹と娘の役割 植野弘子
第10章 「家(チプ)」からみた韓国の家族・親族・村落 仲川裕里
第11章 近世インドの農村における農民と「家」―18~19世紀のインド西部に注目して 小川道大
第12章 18~20世紀スウェーデンにおける世襲農場の成立過程 佐藤睦朗
終章 家社会の成立・展開・比較 加藤彰彦