東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白と青の表紙

書籍名

有斐閣ストゥディア 国際政治史 主権国家体系のあゆみ

著者名

小川 浩之、 板橋 拓己、青野 利彦

判型など

344ぺージ、A5判、並製カバー付き

言語

日本語

発行年月日

2018年4月

ISBN コード

978-4-641-15052-2

出版社

有斐閣

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

国際政治史

英語版ページ指定

英語ページを見る

本書は、近年、グローバリゼーションの進展や歴史学におけるグローバル・ヒストリーの発展のなかで相対的に軽視される傾向にあった主権や複数の主権国家で形成される主権国家体系に着目し、その成立と歴史的変遷を明らかにすることを試みたものである。トランプ政権が掲げた「米国第一主義」(アメリカ・ファースト)、イギリスのEU離脱派による「独立」の主張、中国の急速な海洋進出などに見られるように、現代の国際政治を理解するうえでも主権は欠かせない要素である。例えば、中国政府は、チベット自治区、新疆ウイグル自治区、台湾、香港、南シナ海、尖閣諸島などでの主権をめぐる問題を「核心的利益」と位置付け、ほぼ一切の譲歩を拒む態度を明確にしている。台湾は中国の不可分の領土だとして、台湾独立を求める勢力を牽制するとともに、中国と国交を結ぶ国々に台湾との政治的な関係を持つことを禁じる「一つの中国」の原則も、中国政府の主権への強い固執を示している。しかし、今日の国際政治を理解するうえで主権が依然として重要であることは、主権が絶対的なものであることや、固定的、静態的なものであることを意味するわけではない。むしろ、主権とは、あくまで特定の歴史的な条件の下で形成され、ときに柔軟に変容してきた制度である。本書の序章でも引用した国際政治学者のロバート・コヘインの指摘によれば、「主権は、国際社会のために作られた制度である。それは、その他の制度と同じく、環境条件に対応して変化を経験している」(Robert O. Keohane, Power and Governance in a Partially Globalized World, London: Routledge, 2002, p. 11)。
 
第二次世界大戦後の世界で、主権への固執が最も典型的に見られたのは、第三世界 (あるいはグローバル・サウス) の国力が弱い国家においてである。例えば、1955年のアジア・アフリカ会議で採択された「世界の平和と協力の増進に関する宣言」(バンドン10原則) では、国家主権や領土保全の尊重、内政不干渉などの原則が、表現を変えつつ繰り返し強調された。しかし、それらをやや冗長とも感じられるほどに繰り返し強調する必要があったことは、そうした国々が、現実の国際政治のなかで十分に主権を行使するのがいかに難しかったかということを示していると考えられる。それらの国々は、冷戦史研究者のオッド・アルネ・ウェスタッドが実証的かつ広い視野から明らかにしたように、ときに米ソ両超大国の普遍主義的なイデオロギーに基づく対外的介入の対象となり (O・A・ウェスタッド著、佐々木雄太監訳『グローバル冷戦史―第三世界への介入と現代世界の形成―』名古屋大学出版会、2010年)、また、そうした外部からの介入を回避しえた場合も、しばしば国内を実効的に統治する能力を欠き、ロバート・ジャクソンが「疑似国家」(quasi-states) と呼んだ存在となった。「疑似国家」とは、ジャクソンが、アイザイア・バーリンの「消極的自由」と「積極的自由」に関する議論を拡張的に援用した概念であり、他国からの介入や干渉を受けないという「消極的主権」は行使しえても、市民に公共財を提供するために必要な手段や財源を有するという「積極的主権」を行使しえない国家のことを指す。ジャクソンによれば、「積極的主権」とは、「「先進」国に特有の総合的な特徴」である (Robert H. Jackson, Quasi-States: Sovereignty, International Relations, and the Third World, Cambridge: Cambridge University Press, 1990, pp. 26-31)。
 
だが、もちろん先進国も、主権をめぐる問題と無縁であるわけではない。「積極的主権」を十分に行使するためには、大規模な予算や中央・地方の行政組織が必要となるのが通常であるが、それらは高い税率や官僚機構の肥大化といった副作用を半ば必然的にともなう。そもそも、現在、多くの先進国で見られる少子高齢化 (労働人口の減少と高齢者の増加) のなかで、従来と同水準の税収と一人当たりの福祉供給を維持することはいずれも困難であろう。先進国が「消極的主権」を十分に行使することもまた、決して容易であるわけではない。例えば、冷戦期から現在にいたるまで、日本、韓国、イギリス、ドイツ、イタリアのようなアメリカの同盟国 (または「ジュニア・パートナー」) では、米軍基地の存在やそれにともなう事故、犯罪、騒音、環境の汚染や破壊などに対して、市民による抗議行動が繰り返し行われてきた。それらの国々での米軍基地の存在や米軍兵士が駐留国の裁判権に部分的にしか服さない取り決めなどは、(沖縄返還時に有事の「核再持ち込み」を認めた日米間の密約などを除けば) 基本的に日米安全保障条約や日米地位協定などの条約や国際協定で定められている。それらは、主権国家の政府間で署名され、それぞれの国の憲法上の手続きに従って批准され、国連憲章第102条に基づき、国連事務局に登録され、公表される。その意味で、それらの条約や国際協定は、政府代表が署名した条約の批准が半ば自動的に確保され、国際連盟 (後には国連) に条約を登録・公表する義務もなかった第一次世界大戦前に結ばれた様々な不平等条約とは多くの点で異なる。しかし、条約や国際協定を取り巻く国際的、国内的な制度が大きく変わっても、それらの内容に当事国間のパワーの格差が反映され、またそれがしばしば固定化されるという点は、昔も今も基本的に変わらない。
 
そうとはいえ、アメリカの「ジュニア・パートナー」は、アメリカとの同盟によって安全保障を確保するためにそれらの条約や国際協定を締結しており、一方的に不利な条件を押し付けられているわけではない。むしろ、大きなパワーの格差にもかかわらず、「ジュニア・パートナー」の側は、限定的な譲歩によって、自国の安全保障のためにアメリカを「招き入れる」ことに成功してきたと評価することも可能だろう (「招かれた帝国」の議論は、ゲア・ルンデスタッド著、河田潤一訳『ヨーロッパの統合とアメリカの戦略―統合による「帝国」への道―』NTT出版、2005年、第4章を参照)。そして、もし戦争が起これば、人間の生命や財産のみならず、多くの場合、人権や環境も最悪の形で踏みにじられることを考えれば、米軍駐留による安全保障の意義を軽視することは、人権や環境の軽視を意味するものにさえなりかねない。通常、安全保障をめぐる論点に関して保守とリベラルの間の溝は深いが、おそらく両者を架橋しうるひとつの鍵は、主権を制度として相対的かつ柔軟に捉えることである。主権とはあくまで何かのための制度にすぎず、最も大切なのは、人間の生命や財産だけでなく、一人一人の人間にとっての人権や人類のみにとどまらない自然環境であることを認め、さらにそれらをどのようにして守ることができるかについて可能な限り予断を排して考える用意があるならば、両者の間で対話は可能となるのではないだろうか。だが、いずれにせよ、アメリカとの同盟関係において、「消極的主権」をめぐる(少なくとも形式的には当事国間の合意に基づく)制約がともなうことは、現状では多くの場面で見られることである。そして、日本においてそうした困難が集約されているのが、全国の面積の0.6%の土地に米軍専用施設の約70%が集中している沖縄であることは、論を俟たないであろう。
 
本書では、宗教改革からトランプ政権の誕生までの5世紀間の国際政治史を具体的に論じることにしばしば重点を置いたため、以上のような主権をめぐる理論や実践についての議論が、やや不十分なままになってしまったと反省される。むろん、以上の議論も非常に断片的かつ暫定的なものにすぎない。しかし、甚だ不十分なものとはいえ、現代世界における主権や主権国家体系の持続と変容、さらにそれらをめぐる様々な問題について、いくつかのことを調べ直すとともに、自らあらためて考え、文章にする機会を与えられたことに感謝したい。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 小川 浩之 / 2020)

本の目次

第0章 なぜ国際政治史を学ぶのか (小川浩之)
 
第1部 主権国家体系の誕生と展開
 
第1章 近代主権国家体系の生成―主体としての主権国家とゲールのルール (板橋拓己)
第2章 勢力均衡とナショナリズム―ウィーン体制からビスマルク体制まで (板橋拓己)
第3章 帝国主義の時代―アフリカ分割とビスマルク体制の崩壊 (板橋拓己)
 
第2部 2度の世界大戦
 
第4章 第一次世界大戦の衝撃―総力戦と近代国家の変容 (板橋拓己)
第5章 第一次世界大戦後の国際秩序―ヴェルサイユ体制 (板橋拓己)
第6章 国際秩序の崩壊―1930年代の危機と第二次世界大戦 (青野利彦)
 
第3部 冷戦
 
第7章 冷戦の起源と分断体制の形成―ヨーロッパと東アジア (青野利彦)
第8章 グローバル化する冷戦―脱植民地化の影響と危機の時代 (青野利彦)
第9章 冷戦体制の変容―デタントと揺らぐ同盟関係 (青野利彦)
第10章 冷戦終結への道―「新冷戦」からドイツ再統一へ (青野利彦)
 
第4部 主権国家体系を超えて
 
第11章 湾岸戦争とソ連解体―歴史の終わりか,文明の衝突か (小川浩之)
第12章 EUの誕生と深化・拡大―超国家の試み (小川浩之)
第13章 冷戦後の地域紛争・民族紛争―噴出したナショナリズム (小川浩之)
第14章 新興国の台頭―中国・インドの大国化と復権をめざすロシア (小川浩之)
第15章 21世紀の国際政治―極なき世界をどう生きるか (小川浩之)
 

関連情報

書籍紹介:
北村 厚 新刊紹介 (『史學雑誌』128編2号 2019年2月)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol128-2019/

このページを読んだ人は、こんなページも見ています