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黒い表紙に黄土色の文字

書籍名

近代エジプト家族の社会史

著者名

長沢 栄治

判型など

552ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年2月25日

ISBN コード

978-4-13-021084-3

出版社

東京大学出版会

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近代エジプト家族の社会史

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本書は、家族をめぐる問題を軸に近代エジプトの社会変容の考察を試みた論考の集成である。本書は、二つの部分から構成されている。第I部は、家族概念に関する考察である。エジプトは「家族志向社会」とも「家族支配社会」とも形容されるように、かつての日本と同じく、社会研究において家族に特別の関心が払われてきた。そしてまた、二つの社会のいずれにおいても近代以降、家族関係や家族構造の変化には凄まじい変化が起きた。こうした社会変容を分析するに際して重要な意味を持つのが「家族」という概念をめぐる方法論的な問題である。日本の場合、かつて「家」や「同族」といった概念が熱い論争の対象になったことがあった。一方、エジプト (および他のアラブ諸国) の研究者は、アラブの家族概念である「ウスラ」(小家族) や「アーイラ」 (拡大家族) が伸縮自在な意味の広がりを持つことに悩まされてきた。第I部ではかつて筆者が行った「ウスラ」と「アーイラ」の概念をめぐる問題提起に答えるため、日本の近代エジプト研究者による家族概念をめぐる論争をレビューし、自伝資料や文学作品を資料として用いながら、家族概念の変容や意味の広がりを理論的に考察した。この考察は、近代エジプトにおける家族概念の変容を社会史研究の枠組みの中に位置づけることを目指すとともに、それを通じて「地域研究としての家族研究」の可能性を追究した試みでもあった。また、次の第II部の各事例研究を全体としてより理解しやすくする企図も持って書かれた。
 
第II部は、様々な顔を持つ「家族」が近代エジプトの社会変容の過程のそれぞれの局面で果たした役割に関する事例研究の集成である。取り上げられたのは、農村の権力関係の動態、都市化に伴う移住民の連帯意識の変化であり、政治的イスラームや民族主義運動との関係、家庭崩壊の社会問題や社会的危機の象徴として描かれる性をめぐる問題、エジプトが近代世界資本主義のサブシステムとして組み込まれる中で形成された家族的労働制度の問題にいたる諸事例である。これらの諸研究は、19世紀初頭から21世紀初頭にわたる長期の期間を扱っているが、しかしもちろん近代エジプト社会史の全体像を示すものではない。第I部の家族概念をめぐる考察とともに、これらの社会変容の諸側面を扱う事例研究も、「家族」を共通のテーマとした近代エジプトの社会史研究に対する地域研究的なアプローチの成果を示すものである。また、各章の前にそれぞれの内容の理解を助けるために「解説」を附すとともに、最近の変化 (とくに2011年アラブ革命以降の) など、内容を補足するための11のコラムを加えた構成となっている。
 
なお本書は、著者が研究代表者を務める日本学術振興会科研費基盤研究 (A)「イスラーム・ジェンダー学構築のための基礎的総合的研究」(2016~19年度) の成果の一部である。同科研については、ホームページ (http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~nagasawa/)を参照されたい。
 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 名誉教授 長澤 榮治 / 2019)

本の目次

第I部 家族の概念と家族関係
第1章 エジプトにおける家族関係の近代化
第2章 近代エジプトの家族概念をめぐる考察
 
第II部 家族の社会史の諸相
第4章 都市化と社会的連帯―上エジプト農村とアレキサンドリア市港湾労働者社会との事例比較
第5章 アタバの娘事件を読む―現代エジプト社会における性の象徴性
第6章 現代エジプトの社会問題とNGO
第7章 イスラーム運動とエジプト農村
第8章 世界綿業の展開とエジプト農村の労働力問題
第9章 エジプト綿花経済における「不自由な賃労働」―イズバ型労働制度をめぐって
第10章 少年が見たエジプト1919年革命
 

関連情報

書籍紹介:
長沢栄治著『近代エジプト家族の社会史』 (東洋文化研究所ホームページ)
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/pub1904_nagasawa.html
 

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