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紫と赤紫の表紙

書籍名

Studies in Islamic Law and Society 47 Studies in Legal Hadith (法学ハディースの研究)

判型など

ハードカバー

言語

英語

発行年月日

2019年2月14日

ISBN コード

978-90-04-38919-9

出版社

Brill

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Studies in Legal Hadith

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本書は、法学ハディース (法学的事項に関するハディース) の異本の生成過程を考察した研究である。古典的な用法によれば、ハディースとは、預言者ムハンマドの言行の記録を指し、8世紀以来数多の伝承家によって編纂されたハディース集に収録されている。本書では、礼拝用の水をめぐる規定などの儀礼行為と、女性の婚姻などの法律行為のなかから58個のハディース群 (同じハディースから派生したと推定される異本の集合) に含まれる2018個の異本を分析の対象とした。分析の方法は主として2つである。
 
一つは、イスナード、すなわちそれぞれのハディースに付された伝達の履歴に含まれる口伝者の伝記 (生没年、生地、師と弟子、時にはその法学説などに関する情報を含む) と、ハディースの本文 (マトンと呼ばれる) を比較照合することにより、法学説の展開に従ってどのようにハディースが書き換えられ、異本を生成していったか、その過程を追跡することである。もう一つは、各ハディース群に含まれる異本の数とそれぞれの異本を伝える口伝者の数の経年変化を追うことにより、異本の生成がいつ始まりいつ終息に向かったのかを調べるという手法である。
 
その結果幾つかの新しい知見を得ることができたが、ここでは2つだけ掲げておこう。第1に、少なくとも法学ハディースに関する限り、イスラームのおおよそ最初の2世紀の間、伝承家たちは、ハディースを、預言者の言行の記録ではなく、イスラームの正しい規範を映し出す表現手段の一つとして認識していた。ハディースの最初の語り手は、自分が目撃した事件を自分の解釈を加えて一つのハディースとして他人に伝えるが、後世の伝承家は、それを自分が正しいと信ずる解釈に従って書き換える。これが異本の生成という現象である。外部の観察者から見るとこれはハディースの創作であり改竄に当たるが、当事者たる伝承家から見ると、これは、イスラーム共同体の成員による、真の規範を求めるための営為であった。しかし、おおよそ9世紀の初め頃には、ハディースとは預言者の言行の記録であるという定義が確立し、それに伴い異本の生成は終息に向かった (なお、異本の生成が始まった時期は結局つきとめられなかった)。第2の、そして個人的には最も重要な発見は次のとおりである。ある同一の主題をめぐる異なる法学説に基づく複数のハディース群が存在する場合、それぞれのハディース群に含まれる異本を伝える口伝者の数には、法学説の変化あるいは流行り廃りに従って増減が見られる。しかし、それらの口伝者数の総和の経年変化は、多くのハディース群において、ほぼ似通ったパターンを示す。

 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 柳橋 博之 / 2020)

本の目次

序論
Chapter 1  イスナードの統計分析
Chapter 2  礼拝用の水
Chapter 3  旅行中の断食
Chapter 4  巡礼の履行不能
Chapter 5  女性の婚姻後見
Chapter 6  利息の禁止
Chapter 7  「メディナ憲章」に由来するハディース
Chapter 8  法廷における立証方法をめぐるハディース
Chapter 9  総合

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