東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

太鼓や扇を持った河童の絵画

書籍名

歴史文化ライブラリー420 乱舞の中世 白拍子・乱拍子・猿楽

著者名

沖本 幸子

判型など

206ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2016年2月19日

ISBN コード

9784642058209

出版社

吉川弘文館

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

乱舞の中世 - 白拍子・乱拍子・猿楽

英語版ページ指定

英語ページを見る

伝統芸能というと「退屈そう…」と思う人が多いだろう。しかし、どんな伝統芸能も、はじまりは流行の最先端。あるとき人々の心を捉え、一世を風靡した芸能だ。しかも、今も昔も、流行芸能のほとんどが一瞬で消え去る。その中で、さまざまな偶然と必然、人々のたゆまぬ努力によって何百年の時を超えてきたものだけが生き残る。だから、伝統芸能と向き合うことは、時代を超える力について考えることでもある。
 
本書は、おそらく「眠くてよくわからない」伝統芸能の筆頭にあげられる能楽のはじまりに目を向けて、どんな流行が能を生み出していったのか、はじまりの熱狂と、そこから能が生み出されていくプロセスを明らかにしようとしたものだ。
 
時代は平安末期。能を大成した観阿弥・世阿弥親子が活躍する200年近くも前の話だ。当時、京の都は大変な踊りブーム、リズムブームにわいていた。雅楽中心、メロディ中心だった宮廷にすら民衆の芸能が流れ込み、貴族も僧侶も、新しいリズムにのって舞い踊った。そのリズムの中心を担ったのが、白拍子と乱拍子だ。白拍子というと、源義経の恋人静や、平清盛の愛人祇王を思い出す人が多いと思うが、もともとは、リズムの名。このリズムにのって歌い舞うことが流行し、白拍子をある形式の舞として完成させ、その専門家となったのが静や祇王などの女性芸能者だ。
 
白拍子も乱拍子も「乱舞」と呼ばれる即興的な舞としてまず盛んになった。宮廷の公の芸能は相変わらず雅楽だったが、公の宴の後、アフターパーティのようなくつろいだ場の芸能として白拍子も乱拍子も大流行した。寺院では、延年と呼ばれる、大きな法会などの後に行われる芸能尽くしの会で、僧侶たちの勇壮な乱拍子乱舞、女性芸能者たちの舞を模した稚児の可憐な白拍子舞が花形芸だった。
 
そして、こうした当時の流行芸能、白拍子と乱拍子をひとつの芸能として再創造したもの、それが能楽のルーツ「翁」の原型だった、というのが、この本のミソ。
 
「翁」については、これまで主に思想史の観点から論じられてきた。一方私は、各地の祭り・儀礼に生きる「翁」から、原「翁」の芸能としての姿を立ち上げようとした。各地の「翁」には現在の能の「翁」には失われてしまった膨大な語りも含まれているし、一見異なる各地の「翁」の共通性に気付かされることもある。そうしたさまざまな「翁」たちを照らしあわせていくと、800年前の流行芸能を確かに抱え込みながら、しかし、時代や場所を超えた祝祷芸として、時に大胆に切り捨て、練り上げられてきたのが今の能の「翁」なのだ、ということが見えてくる。
 
文字資料だけでなく、身体に刻まれた歴史を読み解いていくこと。さまざまな土地に時代時代の芸能が受け継がれてきたからこそできることで、そんなところにも日本の芸能研究の醍醐味はある。

 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 沖本 幸子 / 2020)

本の目次

乱れる中世-プロローグ
 
乱舞の時代の幕開け(猿楽の熱狂―平安後期の芸能界/乱舞の時代へ)
 
白拍子の世界(白拍子という芸能/貴族の白拍子/白拍子舞の担い手と芸態)
 
乱拍子の世界(乱拍子という芸能/貴族の乱拍子/僧侶の乱拍子/稚児の乱拍子)
 
〈翁〉と白拍子・乱拍子(数える翁たち/千歳・三番叟と乱拍子/父尉と白拍子・乱拍子)
 
能と白拍子・乱拍子(能の身体/乱拍子と能/白拍子舞と能)
 
乱舞の身体-エピローグ

関連情報

受賞歴:
第38回サントリー学芸賞 芸術・文学部門 (サントリー文化財団 2016年12月12日)
https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_ssah/detail/201604.html
 
書評:
武藤大祐 評「身体で読む身体の喜悦」 (『表象』11号 2017年3月)

小林直弥 評 (『舞踊學』39号 2016年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/buyougaku/2016/39/2016_06/_article/-char/ja/
 
三浦雅士 評「よみがえる千年前の白拍子の舞。失われた身体芸術を復元する」 (『毎日新聞』 2016年9月11日朝刊)
https://allreviews.jp/review/4424
 
蜂飼耳 評「舞は時を超える」 (『朝日新聞』 2016年4月17日朝刊)
(後、蜂飼耳『朝毎読-蜂飼耳書評集』青土社、2018年、所収)
https://book.asahi.com/reviews/11594572
 
書籍紹介:
長田あかね (『能と狂言』16号p.138 2018年)

菅野扶美 (『日本歌謡研究』56巻p.151-152 2016年)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/kayo/56/0/56_151/_article/-char/ja
 
玉村恭 (『REPRE』Vol.27 2016年6月16日)
https://www.repre.org/repre/vol27/books/01/01.php
 
関連イベント:
松岡心平 × 中沢新一 × 沖本幸子「2021年に「翁」を考える――「翁」の発生と思想」 (翁プロジェクト2021年2月19日)
https://www.youtube.com/watch?v=vUWlCpQjRLo

このページを読んだ人は、こんなページも見ています