過去70年間、日本は米国主導の「自由で開かれた国際秩序」から、最も利益を得てきた国の一つである。「自由で開かれた国際秩序」とは、開かれた形で国家間の関係を治める一連のルール、規範、そして制度をいう。米国との同盟体制に支えられた安全保障、自由貿易の推進を支えたGATT (貿易と関税に関する一般協定)、民主主義や人権を中心とする価値体系なくしては、東アジアの平和と安全は保たれなかったであろう。これらの恩恵を受けたからこそ、日本や韓国、さらに中国さえも、経済的繁栄を成し遂げることができた。そして日本は、国際機関への関与も通じ、民主的かつ非軍事的な大国となることができた。つまり、「自由で開かれた国際秩序」は、日本の国益と繁栄の戦略的土台と言える。
しかし現在、そうした戦後の国際秩序の土台は、世界中で危機に直面している。アジア太平洋地域の民主主義は後退し、中国は国家主導型資本主義により、米国が主導してきた制度およびイデオロギーに挑戦する。肝心の米国も、特にアジア太平洋地域において、「自由で開かれた国際秩序」を維持し発展させる意思と能力を欠くようになった。
その中で、日本が「自由で開かれた国際秩序」を守る行動を取っていることは注目に値する。例えば、第二次安倍政権が、CPTPP (環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定) を主導したことは、日本が戦後初めて多角的貿易自由化を外圧なしで主導したケースであった。
「自由で開かれた国際秩序」を保護し、積極的な外交政策を追求するには、国内でポピュリズムの発生を抑えることが重要だが、日本ではポピュリストの台頭は比較的抑制されてきたと言える。
本書は、安倍政権下の政策を分析・評価し、アジア太平洋地域における自由で開かれた国際秩序を守り、改革するために、日本が今後どのような役割を果たすべきかを提案する。
本書の前半では、アジア太平洋地域の安定と自由主義を支えるための日本の外交政策について扱う。これは、地域安全保障、貿易・経済、国際機関、外交、核不拡散などにわたる。後半は、国際的課題を解決するために、健全な民主主義のある国内環境をいかに創造するかに焦点を当てる。国家福祉、移民、ポピュリズム、マスコミ、歴史問題、憲法の論点は、参加型民主主義を創出し、日本が地域秩序に対してより野心的なビジョンを実行するための国内基盤の重要な要素である。最後に、日本が国際問題において積極的な役割を果たすことに対する、国民の意見を調査し、そこから得られた知見を検証する。
(紹介文執筆者: 情報学環 教授 林 香里 / 2021)
本の目次
自由主義の危機〈主要目次〉
序章
日本と自由で開かれた国際秩序
船橋洋一、G・ジョン・アイケンベリー
第I部 外交政策
第1章
積極的な安定力:アジア太平洋安全保障秩序における日本の役割
アダム・P・リッフ
第2章
追随からの脱却:自由貿易秩序の先導者
ミレヤ・ソリス
第3章
改善主義的な現状維持国:国際機関へのアプローチ
フィリップ・リプシー
第4章
普遍性から多元化へ:日本外交における価値
市原麻衣子
第5章
核ガバナンス:「同盟のための原子力」
秋山信将
第II部 国政
第6章
平等主義的な分配政策と制限的な移民政策:日本モデルの発展と課題
塩崎彰久
第7章
日本型ポピュリズム:フワッとした民意、突風と熱狂
ヒジノ ケン・ビクター・レオナード
第8章
歴史問題:不完全な自由主義
トーマス・バーガー
第9章
憲法:柔軟さがもたらす強みと弱み
ケネス・盛・マッケルウェイン
第10章
静かな国民:
ネット時代における日本のジャーナリズムの行方
林 香里
第III部 日本国民
第11章
独自調査:日本の国際秩序観
アダム・P・リッフ、ケネス・盛・マッケルウェイン
関連情報
篠田英朗 (国際政治学者・東京外国語大教授) 評 「日本に期待される役割」 (読売新聞オンライン 2020年9月13日)
https://www.yomiuri.co.jp/culture/book/review/20200912-OYT8T50177/