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山吹色の表紙

書籍名

Advances in Japanese Business and Economics Solitary Non-Employed Persons Empirical Research on Hikikomori in Japan

著者名

GENDA Yuji

判型など

124ページ

言語

英語

発行年月日

2019年

ISBN コード

978-981-13-7786-0

出版社

Springer Nature Singapore Pte Ltd.

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Solitary Non-Employed Persons

本書は、2000年代以来、日本の深刻な就業問題となりつつある、社会的に孤立した無業者に関する新たな概念である「孤立無業 (SNEP)」について考察したものである。SNEPは、20~59歳かつ学卒の独身無業者のうち、ふだんずっと一人か、一緒にいるのが家族のみの人々を指す。
 
ここではSNEPを政府が定期的に実施している統計調査と著者が独自に実施したオンライン調査によって検討した。読者は現在、日本のみならず他の先進国でも知られる「ひきこもり」について、データから正確な実態に迫ることができる。ひきこもりは、通学や仕事などによる社会活動への参加を避け、長期にわたり家に閉じこもっていたり、家族以外との接触を拒んでいる。SNEPには、ひきこもりが相当高い割合で含まれる。これまでひきこもりは、いくつかの事例を通じてしか知られてこなかったが、本書では豊富な統計データによる分析からその実態を明らかにする。総務省統計局「社会生活基本調査」によれば、2016年時点でSNEPは155万人にのぼり、過去20年通じ倍増した。ずっと一人でいる一人型のSNEPは、睡眠やテレビを見ることを生活の大部分にしている状況が、1990年代半ばから続いている。
 
当初、無業者のなかでは、年齢が高く、大学などに進学していない男性ほど、孤立化しやすい状況が見られていた。ところが2000年代初頭以降、若年、大卒、女性の無業者などにもSNEPが増えている。2010年代になると、バブル経済が崩壊した1990年代後半から2000年代前半の深刻な不況期に学校を卒業した「就職氷河期世代」にもSNEPが多く観察された。これらの事実から、無業者が孤立する状況が広く日本では一般化しており、仕事を持てないことは、性別、年齢、学歴、地域、家庭的背景にかかわらず、人的ネットワークを失うリスクに直結していることが明らかになる。
 
SNEPの増加は、人口減少が進む日本で懸念される労働力不足をいっそう深刻なものにし、経済全体で消費や出生を抑制したり、将来の財政赤字を拡大するといった、マクロ経済学的な問題に直結する。統計上無業者は、仕事を探していない「非労働力人口」と探している「失業者」に区分されるが、家族とのみ一緒にいる家族型のSNEPの場合、長期に渡る無業生活の間に仕事を探すことを諦め、失業者よりは非労働力人口になりやすい傾向もある。それは家族による手厚い支援が、仕事に就くことを通じて独立するチャンスを奪っているという皮肉な結果につながっていることを示唆する。だが面倒を見てくれていた親やきょうだいが死去した後には、SNEPには生活そのものが脅かされる事態が待っており、結果的に福祉による支援が必要とされ、納税者や公的借金の負担という莫大なコストにもつながりかねない。
 
本書では、SNEPのさらなる増加を防ぐために必要となる人的開発や教育に関する政策提言も含まれる。社会的に孤立しているSNEPは、独力で自立を段階的に勝ち取ることが困難であることから、SNEPが社会につながることを励まし支援できる人材と出会う機会を設けることが、最も効果的な問題解決の手段となる。それゆえ政府は、SNEPの近くまで出向き、困難な生活から抜け出すきっかけを作れる、家族以外のプロフェッショナルの支援者を十分に養成することが求められる。さらにSNEPの抑止には、就業面以外の支援も重要になり、幼少期や青年期の学校時代から多様な人々と交流する機会を広く設け、コミュニケーションスキルを身に付けることなども欠かせない。
 
SNEPは、日本以外の研究には未だ登場しない新しい概念である。一方で、ひきこもりやSNEPのような社会的に孤立した人々の増加は、今や世界の多くの国々に共通する状況となっている。本書で用いたのと同種の統計データを用いることで、各国でもSNEPに関する研究は可能になる。本書が一つのきっかけとなり、無業問題の深刻な実像を新たに照らし出し、その解決策の発見につながることを、著者として期待している。
 

(紹介文執筆者: 社会科学研究所 教授 玄田 有史 / 2020)

本の目次

Chapter 1. The Definition and Basic Facts of SNEP
Chapter 2. The Determinants and Characteristics of SNEP
Chapter 3. The Daily Lives and Job Searches of SNEP
Chapter 4. The Past, Present, and Future of SNEP
Chapter 5. Questions and Answers About SNEP

関連情報

日本語版:
孤立無業 (SNEP) (日本経済新聞出版 2013年刊)
https://nikkeibook.nikkeibp.co.jp/item-detail/35577?keywords=%E5%AD%A4%E7%AB%8B%E7%84%A1%E6%A5%AD
 
日本語版への書評:
山田昌弘 (中央大学教授) 評 (日本経済新聞 2013年11月10日)
水無田気流 (詩人・社会学者) 評 (朝日新聞 2013年10月20日)」
https://book.asahi.com/article/11626057
 
SNEPは、「現代用語の基礎知識」選 ユーキャン 新語・流行語大賞のノミネート語に選ばれる。
https://www.jiyu.co.jp/singo/index.php?eid=00030
 
孤立無業 (SNEP) に関する連載:
玄田有史「1000字でわかる孤立無業」 (読売新聞朝刊 2019年2月18日、2月25日、3月11日、3月18日)
 
孤立無業 (SNEP) に関連する記事:
玄田有史「「孤立無業者」どう救う?人間関係も職もない中年増加」 (朝日新聞デジタル、2019年5月19日)
https://www.asahi.com/articles/ASM4T742HM4TULZU016.html
 
玄田有史「孤立無業者(SNEP)について考える」 (『心と社会』No.156、122-126頁、日本精神衛生会、2014年6月)
 
玄田有史「孤立無業162万人-社会との橋渡し支援を」 (読売新聞朝刊「論点」2013年1月22日)
 
玄田有史「SNEPの危険な現実―「働き盛りの孤立無業者」を救え」 (『中央公論』2012年8月号、116-125頁)
https://chuokoron.jp/society/116467.html
 
玄田有史「孤立無業者「スネップ」が急増している」 (『週刊エコノミスト』2012年6月12日号、79-81頁)
 

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