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白い表紙

書籍名

スウェーデン行政法の研究

著者名

交告 尚史

判型など

228ページ、A5判、上製、カバー付

言語

日本語

発行年月日

2020年10月

ISBN コード

978-4-641-22790-3

出版社

有斐閣

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スウェーデン行政法の研究

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すでにかなりの時が流れたが、1997年9月に当時の勤務校である神奈川大学から在外研究の機会を与えられ、スウェーデンのウプサラ大学法学部で1年間を過ごした。その時のテーマを中心にしてまとめたのが本書である。総論、各論、補論の3部から成る。
 
スウェーデンには、「執行機関は、個別案件の処理に当たっては、政府および他の執行機関の指揮を受けてはならない」という憲法上の原則 (「執行機関の独立性の原則」) がある。この伝統的な原則が総論の柱になっている。日本では、たとえば環境省は環境保護関係の法律を執行している。環境省の長である環境大臣は、内閣の構成員でもある。それに対してスウェーデンでは、自然保全庁 (実質的には環境保護庁) という国の機関が環境保護に関する法律を執行している。その長は自然保全庁長官である。スウェーデンにも環境省は存在するが、そちらは政府の内に位置し、環境大臣を助ける事務部門として機能している。要するにこの国では、法律を執行する部門と政策を形成する部門が分かれているのである。環境行政の例を使って、上記の原則の一部を確認しておく。「自然保全庁は、個別案件の処理に関しては、環境省の指示に縛られることなく、自らの判断で決定しなければならない。」
 
各論では、スウェーデンにおける自然保護行政の実際を、かなり詳しく記述している。まず、関係法律の執行に関わる機関として、自然保全庁のほかに県域執行機関とコミューンが登場する。県域執行機関は、県域で多方面に亘って法律の執行を行う国の機関である。このことを知ると、上記原則の残りの部分を理解することができる。「環境保護関係の法律を執行する個別案件で、県域執行機関に決定権限が与えられているときは、当該県域執行機関は、政府の指揮も自然保全庁等他の執行機関の指揮も受けてはならない。」
 
このような執行体制の下では、個々の執行機関が自己の責任で案件を処理しなければならないことになる。では、そのために必要な専門知識はどのようにして調達されているのであろうか。この素朴な疑問を解明すべく実践的な研究を続けたところ、専門知の結合という生涯のテーマが得られた。その後、原子力安全の分野に関して多少の知見が得られたので、それをまとめて補論とした。最近の筆者は、原子力安全のような不確実性の高い分野を念頭に置いて、行政庁には最善知探究義務があると説いているが、知らず識らずのうちにスウェーデンでの体験から影響を受けているのかもしれない。
 
執行部門と政策形成部門を分離するというスウェーデンモデルがEUの体制のなかでどのように変容するのか。本書を読まれた若い諸君の中から、そのようなことに関心を寄せてくれる人が一人でも多く出てくることを期待する。

 

(紹介文執筆者: 法学政治学研究科・法学部 名誉教授 交告 尚史 / 2021)

本の目次

はしがき
 
序 スウェーデン行政法との出遭い
  1.はじめに
  2.スウェーデン憲法について
  3.執行機関の独立性の原則
  4.ウプサラ大学での在外研究に至るまで 
 
総論 スウェーデン行政法の特質
第1章 導入―萩原金美の業績との接点―
  第1節 萩原におけるスウェーデンへの関心
  第2節 萩原・訳書の書評
  第3節 付言
第2章 執行機関の独立性の原則
  第1節 はじめに
  第2節 執行機関の独立性の原則の歴史的背景
  第3節 政治的支配の強化と伝統擁護論
  第4節 執行機関の独立性の原則と一般的助言の意義
  第5節 執行機関の法審査義務
  第6節 おわりに
第3章 行政裁量論の憲法的基礎
  第1節 はじめに
  第2節 エーヴァの戸惑い―スウェーデン法とヨーロッパ法―
  第3節 スウェーデン行政法学における裁量論
  第4節 統治憲章に顕れたスウェーデンの権力分立観
  第5節 スウェーデンの行政裁判制度
  第6節 スウェーデン法制の比較法的観察
  第7節 行政決定の適切性の審査―スウェーデン的思考の根底―
4章 行政手続法と良き行政のための諸原則 
  第1節 はじめに
  第2節 主な参照文献
  第3節 立法史概観
  第4節 行政手続法に見るスウェーデン法制の特色
  第5節 スウェーデンの行政手続の特色
  第6節 2017年法の新機軸
  第7節 行政手続法と行政訴訟法
  第8節 おわりに

各論 自然保護分野における法執行の実際
第1章 導入―金沢良雄の調査報告を読む―
  第1節 金沢論文の骨子
  第2節 金沢論文の検討
  第3節 スウェーデンの道路法について
第2章 自然保護の理念と歴史
  第1節 はじめに
  第2節 アレマンスレット―スウェーデン社会における人間と自然の関係―
  第3節 科学主義の昂揚
  第4節 科学から実践へ
第3章 自然保護法制の変遷
  第1節 自然保全法と環境保護法
  第2節 国際法への対応―自然資源管理法―
  第3節 持続可能な発展と環境法典 
第4章 執行機関と自然保護団体
  第1節 はじめに
  第2節 自然保全庁
  第3節 県域執行機関
  第4節 コミューン第5節 財団
第5章 自然保護区による自然保護
  第1節 はじめに
  第2節 国立公園
  第3節 自然保護地域
  第4節 沿岸保護区域
  第5節 その他の自然保護区
第6章 法解釈上の問題
  第1節 利益衡量の要請
  第2節 損失補償の考え方
第7章 総合的考察
  第1節 自然好きの意味
  第2節 スウェーデンの自然保護法制の特色
  第3節 専門知識の吸収と結合
 
補論 原子力安全分野における専門知の集積
第1章 組織の構造と専門性の確保
  第1節 はじめに
  第2節 放射線安全庁の活動と知の発展
  第3節 専門知の確保
第2章 土地・環境裁判所の組織と役割
  第1節 はじめに
  第2節 土地・環境裁判所の組織と意義
  第3節 土地・環境裁判所の許可事務
  第4節 スウェーデンの環境保護団体と集団訴訟
 
結 伝統と変容
  1.まとめ
  2.スウェーデンの行政法学
 

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