本書は、Polity社Key Concepts in Philosophyシリーズの1冊、Causation (Douglas Kutach, 2014) の邦訳である。テーマは書名通り、因果性、平たく言えば、因果関係――原因と結果の関係――であり、本書が問題とするのはその本質、すなわち、「そもそも因果関係とは何か」である。本書は、この根本問題に対する多種多様な回答を紹介・整理・検討することにより、因果性理解の現代的な眺望と見通しを与えている。…もっとも、そこから見えるのは、「有力な1つの答え」などという単純なものではなく、どこまでも統一的な理解を拒もうとする因果性概念の厄介さなのであるが。
因果関係は、私たちの認識と実践の両面にとって極めて基礎的かつ重要なものだ。私たちはこの世界のそこかしこに因果関係を見いだし、それを利用して生きている。たとえば、帰宅して部屋の蛍光灯をつけるためにスイッチを押す。この何気ない行いがすでに、〈スイッチを押す〉→〈蛍光灯がつく〉という原因-結果の関係の把握にもとづいてなされている。また、もしスイッチを押したのに蛍光灯がつかなければ、「なぜだろう。蛍光灯の寿命か、接触不良か、停電か」と、自然にその原因を探し始めることだろう。「出来事には必ず原因があり、原因をつきとめさえすれば、それを操作することで望む事をもたらせる (あるいは望まぬ事を防げる)」。これは――あえて言語化することはないとしても――私たちの実践に染み付いた世界観なのである。私たちは、因果関係によってこの世界の成り立ちや仕組みを理解し、そのおかげでそれなりの確信をもって未来に向けて歩みだすことができる。もし因果関係というものをまったく把握できなければ、自宅の蛍光灯をつけることすらおぼつかないのである。
しかしまた、因果関係は極めて曖昧模糊とした代物でもある。科学は因果関係を特定する方法を発展させてきたが、実のところ、「そもそも因果関係とは何か」という根本問題は未解決のままだ。いったい、「出来事AとBの間には因果関係が成り立っている (=Aが原因でBがその結果である)」とは、どういうことなのだろうか。それは、「Aが生じると常にBも生じる」ということなのか、それとも単に「Aが生じるとBが生じやすくなる」ということにすぎないのか。あるいは、因果関係とはそうした出来事の生起パターンを超えた何か――AがもつBを引き起こす「力」だとか、AとBを結びつける「法則」だとか――を必要とするのか。しかし、私たちに観察できるのは畢竟、出来事の生起パターンのみであり、それを超えた何かが存在する証拠などどこにあるのか。
このように、因果性にはさまざまなとらえ方があり、どれも一長一短で、いまだ因果性の包括的な理解は得られていない。本書を通して、まずはこのことを認識し、因果性というもののとらえどころのなさ、厄介さを痛感してもらいたい。私たちは重大な個人的・社会的問題に直面すると、その原因や責任をめぐる論争に白熱しがちだが、「そもそも因果関係とは何か」という前提的な理解が人によって文脈によって著しく異なっている可能性があり、そのことに無自覚なままでは、建設的な議論など望みえない。本書は何よりもその自覚を促すことに寄与することだろう。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 相松 慎也 / 2021)
本の目次
1.1 単称因果と一般因果
1.2 線形因果と非線形因果
1.3 産出的因果と差異形成的因果
1.4 影響ベース因果と類型ベース因果
Q & A……(1)
2 因果的活力
2.1 因果の規則性説
2.2 ヒュームにおける因果性
2.3 総 評
2.4 利 点
2.5 問題点
Q & A……(2)
文献案内
2.6 練習問題
3 プロセスとメカニズム
3.1 因果プロセス説
3.2 利 点
3.3 問題点
文献案内
3.4 練習問題
3.5 メカニズム
3.6 メカニズムとレベル
3.7 底をつく
3.8 利点と問題点
Q & A……(3)
文献案内
4 差異形成――違いをもたらすこと
4.1 反事実的依存性
4.2 利 点
4.3 問題点
4.4 練習問題
4.5 要 約
Q & A……(4)
文献案内
5 決定性
5.1 因果の決定性説の歴史
5.2 利 点
5.3 問題点
Q & A……(5)
文献案内
6 確率上昇
6.1 因果の確率上昇説
6.2 確 率
6.3 確率関係
6.4 標準的理論
6.5 非対称性
6.6 擬似相関
6.7 シンプソンのパラドクス
6.8 利 点
6.9 問題点
6.10 ライヘンバッハの共通原因原理
6.11 単称の出来事と確率の不明瞭な関係
6.12 連言的分岐
Q & A……(6)
文献案内
7 操作と介入
7.1 操作主義
7.2 フォン・ウリクトの定式化
7.3 メンジーズとプライスの定式化
7.4 問題点
7.5 効果的な戦略
7.6 介入主義
7.7 因果モデル構築
Q & A……(7)
7.8 経路固有因果
7.9 単称因果
7.10 利 点
7.11 問題点
文献案内
8 心的因果
8.1 二元論 vs.唯物論
8.2 還元的唯物論 vs.非還元的唯物論
8.3 要 約
8.4 非還元的唯物論 vs.還元的唯物論
8.5 要 約
Q & A……(8)――あとがきにかえて
原 注
訳 注
参考文献
日本語参考文献
解 説 因果関係は存在するのか……………一ノ瀬正樹
訳者あとがき
索 引
関連情報
飯塚 舜 評 (『フィルカル』Vol.5 No.2, pp. 412-417 2020年8月31日)
https://philcul.thebase.in/items/37270051
関連動画:
一ノ瀬正樹 (東京大学名誉教授 / 武蔵野大学グローバル学部教授)
原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(1)因果関係とは何なのか (テンミニッツTV 2016年12月15日)
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原因と結果の迷宮~因果関係と哲学(2)原因と責任の関係 (テンミニッツTV 2016年12月15日)
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