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書籍名

武蔵野大学シリーズ 13 因果・動物・所有 一ノ瀬哲学をめぐる対話

著者名

宮園 健吾、大谷 弘、 乘立 雄輝 (編)

判型など

396ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年1月

ISBN コード

978-4-903281-45-2

出版社

武蔵野大学出版会

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

因果・動物・所有

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本書は、一ノ瀬正樹門下の研究者たちを中心とした面々による、一ノ瀬哲学が投げかける様々な問題への応答を試みた論文集である。
 
一ノ瀬の哲学は、日本の哲学者としては希有な幅広い領域をカヴァーし、各領域で活発な議論が展開されている。その射程は、彼の本領と言ってよいイギリス経験論に根差した理論哲学はもちろんのこと、そこでの考察を現代における現実的な諸問題へと結びつける実践哲学の領野にも及ぶ。その点において、英語圏におけるパーフィット (Derek Parfit)、ノージック (Robert Norzick)、ブラックバーン (Simon Blackburn) といった哲学者たちの姿と一ノ瀬の思考は重なるが、彼の哲学の特色は、海外の議論で展開されている様々な概念や方法論をそのまま移植するのではなく、一ノ瀬独自の観点からそれらを鋳直し、新たな可能性を見いだす点にあると言ってよい。それこそが、本書に集った研究者たちの関心を惹き寄せたものであり、また一ノ瀬自身に議論を挑ませたものである。
 
今回の企図において、編者たちは一ノ瀬哲学における「所有とパーソン」、「知識と認識」、「形而上学」という三つの側面に光を当て、議論を試みている。
 
まず、「所有とパーソン」であるが、ロックの労働所有権論を下敷きとしつつ、一ノ瀬は、労働によってパーソン (Person / 人格) の所有権が拡大していくという見取り図を示した上で、その所有された財によってパーソンそのものも変容していくという過程を示す。そこで、「所有」(property) そしてパーソンとは何なのかという問題が浮かび上がるが、一ノ瀬はそれを「人間」や「実体」とは区別すべき、実践的概念として捉えなおそうとする。それは、そもそもロックがパーソンを「法廷用語」として規定していたことに新たな角度から光を当てることでもあるが、そこから「知識は人格に宿る」とする一ノ瀬の人格知識論や「死の所有」といった議論について、各々の筆者から鋭い疑問が投げかけられる。
 
次の「知識と認識」では、先述した一ノ瀬の人格知識論を一つのベースとして様々な議論が展開される。そこで批判の対象とされるのはクワインの「自然化された認識論」である。それに対抗して一ノ瀬は「音楽化された認識論」を提示し、自然化された認識論が没人格的な知識を前提にしているのに対し、一ノ瀬は、楽譜がそれを演奏する人格によって初めて「音楽」になるという事態に注目する。この欧米の哲学において看過されてきた視点を導入する一ノ瀬の議論に対して、各々の筆者がさらなる議論の展開を試みる。
 
「形而上学」においては、一ノ瀬哲学の出発点にあるヒュームが考察を深めた「因果」をめぐって様々な議論が展開される。紙幅の関係で詳述できないが、一ノ瀬が際だった洞察を見せているのは「因果的超越」(causal transcendence) という概念の創出であろう。これは、われわれが「因果」を理解しようとする試みそのものが、実は、因果的に生成したものであるという循環的、無限背進的事態を捉えたもので、この問題について各筆者からの考察が展開されている。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 乘立 雄輝 / 2021)

本の目次

第1章 イントロダクション(宮園健吾・大谷 弘・乘立雄輝)
第2章 人格知識論の批判的検討(戸田山和久)
第3章 絵画化された認識論に抗して(野村智清)
第4章 二人称的観点の認識論?(宮園健吾)
第5章 「規範性・確率およびメタ曖昧性」についての覚書(鈴木 聡)
第6章 条件文の分類と意味論(吉満昭宏)
第7章 起源を問う思考をめぐって(乘立雄輝)
第8章 「死の所有」と生のリアリティ(中 真生)
第9章 クアエリ原理と野放図因果 一ノ瀬因果論についての一考察(次田 瞬)
第10章 過去と死者 一ノ瀬哲学における過去と死者の虚構的実在性(野上志学)
第11章 犬と人の関わりをどう捉えるか(浅野幸治)
第12章 一ノ瀬哲学における「所有」と「刑罰」(今村健一郎)
第13章 動物たちの叫びに応答すること 一ノ瀬倫理学の方法論について(大谷 弘)
第14章 ヒュームの因果言説における現前と不在(伊勢俊彦)
第15章 因果性と規範性 一ノ瀬化されたヒューム因果論(相松慎也)
第16章 ためらい、浮動しゆく思考 自分が自分でなくなるような瞬間の響き(一ノ瀬正樹)

関連情報

書評:
萬屋博喜 (広島工業大学環境学部准教授) 評 (『Tokyo Academic Review of Books』vol.23 2021年)
https://doi.org/10.52509/tarb0023
 
久米暁 (関西学院大学) 評 (『イギリス哲学研究』第44号p.44-47 2021年)
https://doi.org/10.24587/sbp.2021_031
 
イベント:
因果・動物・所有:一ノ瀬哲学をめぐる対話 (東京大学本郷キャンパス 2017年12月23日、24日)
https://www.l.u-tokyo.ac.jp/philosophy/news/IchinoseEvent.html

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