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白い表紙に黒の大きな書体の題字

書籍名

ちくま学芸文庫 英米哲学史講義

著者名

一ノ瀬 正樹

判型など

384ページ、文庫判

言語

日本語

発行年月日

2016年7月6日

ISBN コード

978-4-480-09739-2

出版社

筑摩書房

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英米哲学史講義

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本書は、英語圏で展開された哲学の歴史について、「経験論」という流れが一貫して流れているという基本視点のもと、中世から始めて現代のベイズ主義に至るまで概観したものである。「古典イギリス経験論」について解説を加えるのはむろんのこと、倫理学上の一つの立場である「功利主義」と、今日の「分析哲学」についても焦点を合わせている。また、20世紀アメリカの「プラグマティズム」についても一章を当てて解説している。こうした英米哲学の通史は本邦初である。ここで言う「経験」とは、カント的な意味での「感覚や知覚」のことではなく、ギリシア語の原義に近く、より日常語に即した「努力して試みること」の意味である。ベーコンやロックといったイギリス経験論の創始者たちの経験概念はまさしくそうした意味であり、実際の経験論の文脈では、経験ということで、単なる感覚や知覚ではなく、実験や努力・労働が重んじられ、そうした流れで、今日の科学哲学や知的財産権の問題にまで議論の射程を及ぼしている。このような発想から分かるように、実は、経験論というのは、知識と実践とを分かちがたく結びつけて論じるものであった。
 
こうした素地から、倫理学上の影響力の大きい「功利主義」が生まれてくる。それは、簡略化して言えば、幸福を感じるという経験的事実が最大量になることが帰結する行為をなすべし、という規範を提示する立場である。功利主義は、功利という言葉の語感ゆえに、一般に、利益追求をよしとする利己主義と誤解されがちだが、あくまでも幸福の総和や全体量を問題にしている点に注意すべきである。自己の利益を増やす行為でも、社会全体の幸福を減じるものは、功利主義では禁じられるのである。誤解を避けるため私は「大福主義」という呼称を提案している。功利主義・大福主義については、誤解も含めて多様な問題が提起されているが、本書では、いのちの重さの比較が生じる「トロリー問題」とか、動物のいのちをどう扱うかといったシンガーの問題提起まで広範囲にわたって検討している。
 
また、経験論の伝統は、現代においては「分析哲学」として興隆をきわめている。本書では、カント的経験概念の影響下から発したと思われる論理実証主義から説き起こして、記号論理学にまつわる問題や、ウィトゲンシュタインの哲学の意義などを論じ、自然主義的知識観や、確率や曖昧性にまつわる不確実性の問題などを取り上げて、解説を加えている。たとえば、アメリカの哲学者クワインの自然主義について、制度的事実をどのように扱うのかといった疑問を検討したり、「グルー」とか「ヘンペルのカラス」とかの帰納法にまつわる諸問題を取り上げている。そして最後に、確率の解釈の問題、曖昧性にまつわる「ソライティーズ・パラドックス」を解説した上で、ベイズ主義という、今日の認識論での有力な立場について紹介している。哲学入門としてぜひ読んでほしい。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 一ノ瀬 正樹 / 2017)

本の目次

第1章  経験論の源流
第2章  ロック哲学の衝撃
第3章  ロックの所有権論
第4章  ジョージ・バークリの非物質論
第5章  ヒュームの因果批判
第6章  ベンサムの思想
第7章  ミルと功利主義
第8章  論理実証主義と言語分析
第9章  論理学の展開
第10章  ウィトゲンシュタインの出現
第11章  現代の功利主義
第12章  プラグマティズムから現代正義論へ
第13章  帰納の謎
第14章  自然主義の興隆
第15章  認識の不確実性
第16章  ベイズ主義の展開
 

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