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古いフランス地図

書籍名

新しく学ぶフランス史

著者名

平野 千果子 (編著)

判型など

362ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年11月30日

ISBN コード

9784623085989

出版社

ミネルヴァ書房

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新しく学ぶフランス史

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「世界史は必ずしも幸福の地盤ではない。幸福な時期とは世界史における空白な頁である」。これはある有名な哲学者の言葉です。裏を返せば、教科書のなかで存在感がある国は不幸な歴史を経験してきた、ということでしょうか。近代以降のフランス史は、存在感という点では相当なものですが、もちろんその歴史には、革命が強いた激変、戦争がもたらした惨禍だけでなく、伝統の息づかいも解放の喜びも見られます。
 
歴史の概説書にはさまざまな側面を余すところなく描くことが求められますが、たんに網羅すれば良いのではなく、読む側に何らかの歴史像が浮かび上がる必要があります。本書の主眼はフランス社会の多様性・複数性を伝えることにあり、そのために、外との関係、宗教、女性という三つの視角を軸にしつつ各章が書かれています。
 
一昔前まで、フランスの歴史といえば何といっても革命のイメージが強かったのですが、いまではアメリカ合衆国と並び「移民の国」の側面があることも良く知られています。ただ、人口流入やその背景であった植民地支配だけが「外との関係」だったわけではありません。地図を見ればわかるように、フランスは陸海の両方で交通の要衝に位置しており、そこに住んだ人びとは外にも関心を向け、経済的・文化的な交流を積み重ねてきました。宗教に関しても、カトリック教会が革命によって甚大な打撃を被ったことは確かですが、その影響力は革命後も持続した一方で、宗教的な心性や習俗は今日に至るまで根強く残り、世俗性を旨とするはずのフランス共和政にも浸透しています。女性については、西ヨーロッパ諸国のなかではその社会的・政治的「進出」がもっとも遅れた国の一つですが、さまざまな革命や政治運動に女性は積極的に加わっていました。「民衆を導く自由の女神」は現実の情景でもあったのです。
 
私が執筆した第5章は、時代としてはナポレオンが最終的に敗れた1815年から、彼の甥であるナポレオン3世が敗れた1870年までをカバーしています。二つの敗戦で区切られ、短い共和政 (1848~1852年) を挟んで君主政が継起したこの時代は、前半はウィーン体制により、後半は第二帝政により自由や民主主義が抑えられていた時代であるとのネガティブなイメージに、長いあいだ覆われていました。実のところ、ウィーン体制はヨーロッパに平和をもたらしました。第二帝政もフランス国内では経済的・文化的な繁栄を実現しました。フランスでは、植民地帝国が最大版図に達したのも、二つの世界大戦を戦ったのも、共和政のもとでのことだったのです。政治における民主主義と、平和や繁栄の両方を追求するべき現在の私たちにとって、フランスの歴史はその難しさを伝えてくれるようです。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 長井 伸仁 / 2021)

本の目次

序章 いまフランス史を学ぶということ(平野千果子)
 
第1章 フランス史の時空間(鈴木道也)
1 フランク人とフランキア
2 王国の継承と変容――カペー家とヴァロワ家
3 姿を現すフランス王国
4 フランス史はどこからはじまるか
 
第2章 近世フランスと「外」の世界(阿河雄二郎)
1 近世フランスの境界意識
2 近世フランスの内と外
3 近世フランスの対外発展――海洋帝国の構築をめざして
4 フランス海洋世界の再編成
 
第3章 近世王国の社会と宗教(坂野正則)
1 近世フランスに生きる
2 カトリック宗教改革の影響力
3 人びとが集う
4 宗教的「他者」の排除と受容
 
第4章 フランス革命からナポレオンへ(高橋暁生)
1 フランス革命を概観する
2 フランス革命と宗教
3 フランス革命のなかの女性
4 植民地と奴隷制
 
第5章 改新と変動の半世紀――復古王政から第二帝政まで(長井伸仁
1 政治体制の走馬燈
2 霊性の時代
3 覇権への布石
 
第6章 近代国家の形成と海外進出――多様性の共和国(平野千果子)
1 新しい体制に向けて
2 外への飛躍
3 歴史を動かすマイノリティ
 
第7章 学校と宗教(前田更子)
1 教育制度から読み解く19世紀フランス
2 学校と教会の分離――第三共和政前期における改革
 
第8章 フランス経済の二世紀(小田中直樹)
1 キャッチアップ型工業化
2 第三共和政期の経済の光と影
3 栄光の三〇年と、その後
 
第9章 大戦から大戦へ――変動する世界とフランス社会(舘 葉月・南 祐三)
1 第一次世界大戦の衝撃
2 戦後国際秩序のなかのフランス
3 戦間期の政治・社会・文化
4 対独敗戦とヴィシー時代
 
第10章 戦後のフランスの政治と社会(中村 督)
1 第四共和政の成立――政治と経済の再建
2 第五共和政の開始――脱植民地化と近代化
3 安定と変容の1960年代
4 中道主義に向かう1970年代
5 ミッテラン以降の政治と社会
 
第11章 フランスにとっての「ヨーロッパ」(宮下雄一郎)
1 西ヨーロッパを統合するという思想
2 経済統合の進展
3 ドゴールの「ヨーロッパ」
4 ヨーロッパ統合の拡大と深化
5 混沌のなかの「ヨーロッパ」
 
第12章 植民地独立から多文化社会へ(平野千果子)
1 インドシナ戦争と難民
2 アルジェリア戦争とその記憶
3 旧植民地との連携
4 「移民」と呼ばれる人びと
5 現代フランス社会の隘路
 

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