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書籍名

21世紀×アメリカ小説×翻訳演習

著者名

藤井 光

判型など

198ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2019年5月21日

ISBN コード

978-4-327-45290-2

出版社

研究社

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21世紀×アメリカ小説×翻訳演習

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本書は2016年から2017年にかけての1年間、合計11回にわたって連載したWeb上の文芸翻訳コンテスト「翻訳とは嘔吐である」に加筆・修正を加えて書籍化したものである。21世紀のアメリカ文学を中心とする英語の現代小説の一部を翻訳課題として出題し、毎回40名から60名の応募者から送られた訳文に対して講評を行うと同時に、講師の翻訳案も提示し、文芸翻訳を行うにあたっての主要な判断基準について解説している。その連載を再収録した文章に加え、故・岩本正恵氏が翻訳を手掛けた現代アメリカ作家たちを振り返ることで21世紀のアメリカ文学の流れを概観するエッセイも収録している。
 
21世紀はクリエイティビティが重視される時代であり、文芸翻訳に関しても技法を解説する書物は数多く出版されている。本書は「物語」を訳すという点をとりわけ重視し、文章全体のトーンをどう設定すればいいのか、単語やイメージの選択はどうあるべきか、語順はどこまで尊重されるべきか、比喩や仕草の表現はどう訳すのがしっくりくるのか、などの基礎的なポイントをなるだけ丁寧に押さえることを目的としている。文芸翻訳は原文と対話しながら、そうした大小の判断を積み重ねつつ物語を日本語で作り上げていく作業である。
 
文芸翻訳を実践するにあたっては、到達すべき正解が初めから見えているわけではなく、すべてに応用可能な型というものも存在しないという条件のもと、原文をなるだけ「忠実に」訳すことが求められる。したがって翻訳者は、原文の特徴をなるだけうまく伝えられるような最終案にたどり着くまで、さまざまな選択肢と対話しながら細かい決定を繰り返して進んでいくことになる。本書はその道筋をなるだけ丁寧に記述し、選択肢から訳語などの判断を下すにあたっての基準をできるだけ明確に示している。
 
扱う課題は2010年代に発表された小説を対象としている。どの物語にも、書き手やテーマに応じてそれぞれの文学的・時代的な文脈というものがあり、それについて考えることは、ある作品がそもそもどのような意義を持つのかを思考することでもある。ある物語を面白いと思う感覚はどこから生じるのか。そこにはどのような背景があるのか。そうしたことを客観的にとらえようとする作業は、一歩文学研究に近づくものだといえる。物語が書かれて翻訳されている「今」という時代を記述することは、文芸翻訳と文学研究をつなぐ試みでもある。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 藤井 光 / 2021)

本の目次

I 基本編
1  原文の語順をどこまで尊重するか
  カレン・E・ベンダー 「猫が言ったこと」 (2015)
2  「目」の語りと「耳」の語り
  ローレン・グロフ 「眼の壁」(2011)
3  語りの視点と異文化への視線
  ケリー・ルース 「佐々木ハナに尻尾が生える3つの筋書き」 (2016)
4  比喩・仕草・会話の訳し方
  ニコール・ハルートゥニアン 「生きること」(2015)
5  音や記号の情報
  レベッカ・マカーイ 「赤を背景とした恋人たち」(2015)
 
II 応用編
1  「いかにもアメリカ的なスモールタウンの風景を訳す」
マイケル・シズニージュウスキー 「ヒーローたちが町にやってきた」(2015)
2  比喩表現をどう訳すか
レスリー・ンネカ・アリマー 「戦争の思い出話」(2017)
3  イメージとテーマを訳語にどう反映させるか
アンソニー・ドーア 「深み」(2011)
4  冗長さと簡潔さ、語りの出し入れ
アダム・エールリック・サックス 「ある死体のための協奏曲」(2016)
5  単語と文法という基本に立ち返る
アメリア・グレイ 「遺産」(2015)
 
III 岩本正恵さんとの、あとからの対話
   ――21世紀のアメリカ小説をめぐって
 
関連商品

関連情報

著者インタビュー:
時間をかけて他人の言葉に身を委ねる「表現としての翻訳」とは – 藤井光インタビュー (ANTENNA 2021年6月21日)
https://antenna-mag.com/post-53249/
 
「第二の思春期」の社会人が読むべき翻訳小説は 藤井光さんに聞く (朝日新聞DIGITAL &M 2017年10月4日)
https://www.asahi.com/and/article/20171004/146169/
 
藤井 光氏が語る 「アメリカ“なき”アメリカ文学」 (公共財団法人国際文化会館ホームページ 2017年6月)
https://www.i-house.or.jp/programs/ihj-world15/
 
「フェイク」が溢れる時代だからこそ考えたい作家が作る、フィクションの意義 (TRANSLATOR’sホームページ)
https://www.fellow-academy.com/translators/persons/fujiihikaru/
 
書籍紹介:
【週刊読書人】『英米文学研究書あんない』特設サイト (週刊読書人 2019年5月)
https://dokushojin-elsj.themedia.jp/posts/archives/2019/05/page/2
 

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