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オレンジ色の表紙

書籍名

成年後見の社会学

著者名

税所 真也

判型など

336ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2020年2月

ISBN コード

978-4-326-60328-2

出版社

勁草書房

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成年後見の社会学

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これまで筆者がもっとも関心をもったのは、エリザベス・キューブラー=ロスの生と死に関する研究であった。ロスは自身の研究をこう位置づけている。死と死にゆく過程の研究は同時に生の研究であり、どう生きるかの研究であると。こうした生と死に向きあう研究への問題関心が根底にあり、成年後見をテーマとして選択するに至った。こうした筆者の修士・博士課程での成年後見に関する研究をまとめたものが本書である。
 
とはいえ、研究に取り組み始めた当初は、成年後見を、何からどのように論じたらよいか、非常に悩んだ。成年後見を扱う社会学分野での研究が、ほとんど存在しなかったからである。
 
そこで、成年後見制度が社会のどのような場面で必要とされているのか、誰が制度の利用を求めるかということを手探りで聞き取り、理解していくことから始めた。最初に調査したのは、生命保険会社である。保険金支払請求場面で、成年後見の必要性がどのように現場で立ちあがっていくか、その論理を明らかにすることに取り組んだ(4章1節)。同様に、信用金庫などの地域金融機関、不動産取引の場面についても調査し、その理屈を確かめた。
 
つぎに問題となったのは、本研究が社会学全体に対し、いかなる理論的貢献を果たすものであるかという問いにどう答えることができるかであった。これについては、成年後見の社会化をキーワードにして、介護の社会化論を拡張、延伸させることが可能だと主張した。すなわち、民法学者が論じた「成年後見の社会化」論を整理し (2章1節)、それらが介護の社会化論を敷衍したものであることを指摘した (2章2節)。そうして、成年後見の社会化を論じることが、介護の社会化論の補完につながることを示した (2章3節)。これが社会学分野で成年後見を論じることの学術的意義となった。
 
具体的には、介護の社会化に関する研究で分節化されてきた、担い手と費用の社会化の議論を成年後見に転用して分析した (3章1節、3章2節)。この作業を通じ、社会化と一口に言っても、そこには制度の利用が引き起こすさまざまな現象があり、成年後見制度の普及が市民生活に及ぼす深く多様な困難を、既成の介護の社会化の用法では表現できないことに気づいた。成年後見の社会化という語を、既存の文脈から引き離し、より自由に、筆者独自の用法で用いていく必要があった。以降の4章5章の各節は、成年後見の社会化を再定義しようとする議論である。
 
たとえば、制度上の成年後見が社会化を理念として掲げながらも、その内実は法律家などの専門職に偏在した特異な社会化であったこと (4章2節)、また達成されたかにみえた社会化が、思わぬかたちで家計管理の個計化を強制するものとして運用され、それが想定されていなかったマネジメント負担を家族に押しつけるものであったことを論じた (4章3節)。これらは家族社会学の研究として位置づけられる。
 
さらに、本書には福祉社会学の研究としての要素もある。後見人の支援に関して、達成されうる射程範囲を示し (5章1節)、他方で、制度の利用が本人の生活にきわめて深刻な影響を及ぼす危険性について論じた (5章2節)。望ましい成年後見の支援の可能性を追求し、生活協同組合の事例研究を通して、本人の意思決定、財産管理、身上監護 (身上保護)、生活支援が共同体的価値観のなかで実現されることを真の社会化のあり方として提示した (5章3節)。
 
以上のように、本書は、成年後見の利用を通じてあらわれるさまざまな現象を分析対象とし、成年後見という法律上の概念を、調査にもとづき、社会学的に再構成した研究である。身上監護 (身上保護) をめぐって協議の場が設定されること、本人の居場所や最善の利益を多面的に捉えることが重要であること、専門家以外の諸アクターの実質的な関与が成年後見の社会化において重要な側面であることなどを、家族社会学や福祉社会学の知見として位置づけ、成年後見の社会化の用法にオリジナルな社会化概念を編み出している。この点に、既存研究にみられない本書の学術的な新奇性がある。
 
さいごに、冒頭の筆者の問題関心に戻れば、本書は、ひとが住み慣れた地域で最期まで生き、限りある生を終え、旅立っていくこと、その過程をどう支えるか、共同体による支援のあり方を探求する研究であった。いまも研究は継続しており、とくにキリスト教や仏教といった伝統宗教における種々の共同体、地域の市民後見NPO等が、成年後見を通じて、生と死、老いにどう向きあっていこうとするのかを明らかにしている最中である。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 助教 税所 真也 / 2022)

本の目次

まえがき
序章 分析の視点と本書の構成
 
第1章 成年後見制度
 第1節 成年後見制度の概要
 第2節 成年後見の登場の背景
 第3節 スローガンとしての「成年後見の社会化」
 
第2章 成年後見の社会化
 第1節 「成年後見の社会化」の法学的理解
 第2節 「介護の社会化」の社会学的理解
 第3節 成年後見の社会化による「介護の社会化」の補完
 
第3章 成年後見制度と個人化
 第1節 親族後見人から第三者後見人へ──家族の変化
 第2節 市町村長申立制度の運用における中間集団の役割
 
第4章 成年後見による財産管理の社会化
 第1節 生命保険の支払請求における成年後見制度の扱い──市場への包摂
 第2節 家庭裁判所による後見人の選任基準の変化──士業専門職の主流化
 第3節 成年後見による家計管理の社会化──家計の個計化と世帯分離
 
第5章 成年後見による身上監護の社会化
 第1節 後見人による居住環境支援──本人の居場所の形成
 第2節 身上監護と自己決定──協議の場の社会化
 第3節 生活協同組合による成年後見──「身上監護」から生活支援へ
 
終章 本書における成年後見の社会化概念
 1 成年後見の社会化概念の再評価
 2 成年後見の社会化からみた個人・家族・市場・国家の関係
 3 結び──成年後見制度のあらたな可能性に向けて
あとがき
文献
図表目次
初出一覧
助成一覧
事項索引
 

関連情報

受賞歴:
日本家族社会学会第2回奨励著書賞 (日本家族社会学会 2021年9月)
http://www.wdc-jp.com/jsfs/prize/index.html
 
第6回福祉社会学会 奨励著書賞 (福祉社会学会賞 2021年7月)
http://www.jws-assoc.jp/prize.html
 
令和2年度三井住友海上福祉財団奨励賞 (高齢者福祉部門) (公益財団法人三井住友海上福祉財団 2021年)
https://www.ms-ins.com/welfare/pdf/jigyouhoukoku.pdf
 
書評:
藤崎宏子 評 (『比較家族史研究』36巻: pp.143-147 2022年3月)
https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jscfh/list/-char/ja

大貫正男 評 (『生活協同組合研究』541号: pp.58-59 2021年2月)
https://ccij.jp/book/kenkyu_20210127_01.html
 
中谷陽明 評 (『老年社会科学』42巻4号: p.377 2021年1月)
https://www.worldplshop.com/shopdetail/000000000367/ct9/page2/recommend/
http://184.73.219.23/rounenshakai/12syohyou/syohyou4.htm
 
大風薫 (お茶の水女子大学) 評 (『家族関係学』39巻: pp.73-74 2020年12月)
https://doi.org/10.24673/jjfr.39.0_73
 
天田城介 (中央大学) 評 (『家族社会学研究』32巻2号: pp.229-230 2020年10月)
https://doi.org/10.4234/jjoffamilysociology.32.229
 
本ヨミドク堂:医療・健康・介護のコラム「増える第三者の成年後見人、専門職が大半」 (yomiDr.ヨミドクター 2020年4月7日)
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20200407-OYTET50013/
 
関連書籍:
税所真也,「成年人监护制度和家庭内部再分配――中日比较研究」張李風・胡澎・吴小英编『少子老龄化社会与家庭――中日政策与实践比较』 (社会科学文献出版社,北京市,pp.304-317 2021年1月)
http://www.sass.cn/128000/66848.aspx
 
税所真也,「地域福祉からみた成年後見――市民社会が支える看とり」上村泰裕・金成垣・米澤旦編『福祉社会学のフロンティア――福祉国家・社会政策・ケアをめぐる想像力』 (ミネルヴァ書房,pp.251-266 2021年11月)
https://www.minervashobo.co.jp/book/b592120.html

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