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白い表紙に渦のような写真

書籍名

金融システムの経済学

著者名

植田 健一

判型など

260ページ、A5判

言語

日本語

発行年月日

2022年3月

ISBN コード

978-4-535-54027-9

出版社

日本評論社

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金融システムの経済学

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本書の目的は、「金融業をどのように分析できるか」「金融を取り巻く制度や政策のあるべき姿とは何か」などの難題に対して、これまで取り組まれてきた数多くの研究成果を俯瞰し、整理してお伝えすることです。筆者の関心に基づいてまとめているため、関連する筆者自身の研究成果も随所に織り込まれています。
 
本書は、経済学を学ぶ学生や実務家向けの隔月誌『経済セミナー』(日本評論社) の2019年8・9月号から2021年8・9月号まで、2年間にわたって連載した内容を加筆修正および再構成し、12章にまとめたものです。
 
第1~3章は、金融とマクロ経済の関係の歴史と世界の潮流を概観します。とりわけ1970年代頃までの (日本では「護送船団方式」と呼ばれたような) 政府による直接的介入を特徴とする金融抑圧に対して、1980年代以降の金融自由化・国際化が持つ意義を分析します。第4~6章は、金融には基本的に政府の介入が必要ないこと、すなわち自由化の根拠を、最新理論もふまえて詳しく解説します。第7章では、家計から見た金融に関する実証研究を解説します。第8~10章では、金融抑圧のような直接的規制は不要である一方、資本規制のような間接的規制が必要となる理論的背景を示します。それは、自由な金融のもとで生じうる金融危機の理論でもあります。また、コーポレート・ガバナンスの重要性など、企業金融に含まれるトピックにも触れます。第11、12章では、フィンテックに代表されるデジタル・ファイナンス、暗号資産、そして中央銀行デジタル通貨を包摂した概念である「デジタル・カレンシー」を考察します。
 
連載を始めた頃、フィンテックの興隆に対し関連法令をどう改善していくべきかについての議論が金融庁金融審議会等で行われており、筆者も一部に参加していました。その頃は、ビットコインなどの暗号資産への関心が年々盛り上がると同時に、中央銀行デジタル通貨という言葉が聞かれ始めた時期でもありました。これらは現在でも、世界中で金融における重要トピックと認識されています。
 
また2019年は世界金融危機、とりわけ2008年のリーマン・ブラザーズの破綻から約10年が経ち、バーゼルIIIに代表される一連の国際金融規制強化のための制度改正がほぼ終了した年でもありました。世界金融危機以来、多くの理論や実証研究がなされ、今後は強化された規制の実証的評価が始まろうとしています。2020~21年には、バーゼル銀行委員会などが主導してその公的な評価を進めており、筆者も一部の議論に参加しました。
 
2020年には新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延が始まり、経済にも大きな影響を及ぼしています。一部の新興市場国などは、経常収支危機や国家債務危機などにも見舞われています。先進国の銀行はそれほど影響を受けていませんが、それは一部には、国際金融規制が強化されたことで資本に余裕があること、そして多くの先進国で財政出動によって貸出先である企業が救済され、そのために銀行のバランスシートもそれほど毀損していないことを反映しているというのが、2021年末の状況です。
 
筆者は世界金融危機が起きた当時、国際通貨基金 (International Monetary Fund: IMF) で主に金融に関する調査研究業務に就いていました。それまでは主にマクロ景気循環論の研究者が忙しくしていましたが、比較的人数の少ない金融の研究者が急に忙しくなりました。大規模火災現場に飛び込んだ消防士のような状況と言えばよいでしょうか。対応を間違えるとさらに火が燃え広がりかねない状況でした。そして、ある程度消火活動が進んでからは防災のあり方、すなわち金融規制のあり方の再検討が急務となりました。そもそも、火災は勝手に起きたのか、それとも起こりやすい要因があったのかを精査するところから始まりました。その議論は、「特定の誰かが悪いことをした (放火した)」という犯人探しでなく、「金融の仕組み (地域全体の防災体制) に不適切な部分がなかったか」を深く考えるものでした。そうした議論は今も続いています。
 
思い起こせば、筆者が大学卒業後に (旧) 大蔵省で勤務していた数年間、特に1995年に住宅ローンが焦げついて貸出していた住宅ローンの専門会社が次々と破綻する住専問題が起き、日本の金融危機が始まるという途方もない状況に身震いしていました。実は、1990年前後には日本だけでなく北欧でも金融危機が起き、1980年代を通じてアメリカでも (日本の信用組合に当たる) 貯蓄貸付組合 (S&L) 危機が発生しました。しかし、1990年代初めにGDP世界第2位、1人当たりGDPでも世界トップクラスの国が経済全体を揺るがすほどの金融危機に見舞われるという事態は、1929年にアメリカで起きた大恐慌以来のものでした。現在の金融庁にあたる組織を抱えていた (旧) 大蔵省は、国内外から大きな批判を浴びていました。しかし、国際会議の場でよく批判をしていたアメリカのLawrence H. Summers財務副長官 (当時) やJoseph E. Stiglitz経済諮問委員会委員長 (当時) といった稀代の経済学者 (それぞれハーバード大学とスタンフォード大学を休職して任にあたっていました) ですら、解決策を持っていたとは思えませんでした。
 
実際、1990年代半ば頃の (そして今でも往々にして) 金融論はミクロ経済学の応用分野と位置づけられ、マクロ経済はあまり研究の対象とされません。一方、当時のマクロ経済学は金融契約などをしっかりと取り込んで分析する段階までは進んでいませんでした。つまり、当時は経済分析の最先端の学者ですら日本経済の難問に確たる答えを持っていない状況だったのです。それに気づいたことは、シカゴ大学の博士課程でこの分野の研究に取り組むという転身の大きなきっかけとなりました。それ以来、場所は変われども、同様の問題に携わってきました。
 
本書は、このように「金融とマクロ経済の本質的な関係は何か」「制度や政策はどうあるべきか」という自身の興味関心に基づいて調査・研究してきたことをまとめたものです。本書を通じて金融システムの現状とあるべき姿をお伝えすることで、金融業で働く方には実務で役に立てていただくことを、政策関係者には制度・政策形成に活かしていただくことを、そして学生や研究者の方にはこの分野の研究をさらに進める一助となることを、それぞれ願っています。
 

(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 植田 健一 / 2022)

本の目次

第1章 金融システムのあゆみ ――規制と国際化・自由化の変遷
 
第2章 金融自由化・国際化と経済成長
 
第3章 金融深化の意味 ――理論に基づく定量的分析と厚生評価
 
第4章 一般均衡理論 ――金融と効率性の基礎
 
第5章 不完全情報と一般均衡理論
 
第6章 債権契約の一般均衡理論
 
第7章 金融システムが家計に与える影響に関する実証分析
 
第8章 金融危機の理論と実証
 
第9章 大きくて潰せない問題 ――Too Big to Fail
 
第10章 複合的な金融危機と金融自由化後の制度設計
 
第11章 デジタル・ファイナンス
 
第12章 デジタル・カレンシー時代における貨幣の本質と、
    中央銀行の役割の再考
 

関連情報

自著解説:
最新動向を読み解くために、理論と実証を学ぶ (植田健一『金融システムの経済学』「はしがき」公開) (経済セミナー編集部 | note 2022年3月12日)
https://note.com/keisemi/n/nbc742217b4d2
 
書評:
河内祐典 評 ファイナンス ライブラリー (『ファイナンス』令和4年7月号 通巻第680号 2022年7月19日)
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/index.htm
https://www.mof.go.jp/public_relations/finance/202207/202207h.pdf

土居丈朗 (慶應義塾大学教授) 評「金融危機後に蓄積した知見規制の歴史から暗号資産まで」 (『週刊エコノミスト』 2022年5月31日号)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220531/se1/00m/020/009000c
 
書籍紹介:
書籍出版 (東京大学金融教育研究センター 2022年3月23日)
https://www.carf.e.u-tokyo.ac.jp/news/post-12103/
 
カンファレンス:
コロナ禍対応に世界金融危機の教訓を IMF・東大共催の経済学部創立100周年記念コンファレンス開催 (東大新聞オンライン 2020年12月19日)
https://www.todaishimbun.org/keizai20201219/

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