
書籍名
コウルリッジのロマン主義 その詩学・哲学・宗教・科学
判型など
512ページ、A5判
言語
日本語
発行年月日
2020年3月13日
ISBN コード
978-4-13-086059-8
出版社
東京大学出版会
出版社URL
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『コウルリッジのロマン主義 ― その詩学・哲学・宗教・科学』は、サミュエル・テイラー・コウルリッジ (1772–1834) を中心に、文学、哲学、神学、自然科学、政治思想といった多領域を横断して「人文知」のあり方を再考する学術書である。「老水夫行」や「クーブラ・カーン」で知られる詩人であると同時に、哲学者、宗教思想家、批評家として活動したコウルリッジは、古代哲学からドイツ観念論、キリスト教神秘主義、自然科学、政治経済までを渉猟し、近代ヨーロッパの知的諸領域を結びつけた稀有な存在である。本書は、その広範な知の体系を多面的に照らし出し、人文知や文学研究の今日的な意義を問う。
コウルリッジの創作と思想の中心には、理性、感情、想像力、衝動、信仰などの交差領域があった。アヘン依存、家族との不和、ワーズワスとの決裂、信仰の揺らぎといった精神的困難は、書簡や『ノートブック』に率直に記され、それらの経験が思想と詩の根底の力となった。文学を虚構や美に閉じず、人間存在や信仰の根源に向ける姿勢が、彼の今日的意義として浮かび上がる。本書はその探究を軸に、思想史、宗教史、文学研究、科学史、教育思想、美学などが交差する対話の場を構築する。
第I部「眺望図」では、コウルリッジの生涯と思想背景、主要著作、批評史上の位置づけを総覧する。ワーズワスとの協働と決裂、ドイツ留学、宗教思想への傾斜、自然哲学的思索などが、詩と批評の形成にどのように寄与したかが示される。
第II部「さまざまな人文知のかたち」では、古代ギリシアからローマの哲学・思想、キリスト教神学、ドイツ観念論、インドの思想までの統合的文献学に基づくコウルリッジの思想形成を分析する。大石和欣「古くて新しい人文知」は、神学概念オイコノミアを通して、功利主義批判と共同体再構想を論じる。和氣節子「「遊戯」を通して神を知る」では、カントとシラーの美的教育論の受容を踏まえ、宗教的直観と結びつく教育観が論じられる。デイヴィッド・ヴァリンズ「観想と批評」は、デリダ思想との比較を通して、崇高、美学、言語意識の問題を再検討し、ロマン主義内部の矛盾を浮き彫りにする。これらは、コウルリッジを文学者以上に「人間的知の統合」を試みた思想家として描く。
第III部「宗教と科学の萃点」では、合理主義と神秘主義、経験科学と宗教的直観の対立を調停しようとするコウルリッジの営みが扱われる。直原典子「生きた信仰の軌跡」は、ユニタリアニズムから神秘主義への移行を追い、観想的理性が宗教経験の核心にあると論じる。勝山久里「「生命」を根源から問う」は、有機体生命論を現代生命科学との比較から再評価し、生命の全体性と動的統一を強調する。藤井佳子「「アレゴリック・ヴィジョン」が示すもの」は、「老水夫行」を再読し、象徴中心の従来研究から離れて、信仰を表現するアレゴリーの機能を示す。
第IV部「人文知のネットワークとポエティックス」では、詩と思想が対話的ネットワークの中で形成される過程を論じる。アルヴィ宮本なほ子「会話詩」は、友人や家族との対話を通した知の共有のあり方を示す。吉川朗子は、ワーズワスとコウルリッジの知覚表現を比較し、「内なる目」と「内なる耳」を手掛かりに詩学の差異を明確にする。園田暁子「読者としての著者」は、『省察への導き』とレイトンの言説を通して、新しい読者共同体の形成を検証する。
以上を通じて本書は、「人文知としての文学」という視点から、コウルリッジが取り組んだ「人文学とは何か」という問いを現代に開く。AI時代の知的転換期において、言語、想像力、対話を基軸とする人文学の可能性を示し、ロマン主義研究と学際研究の未来に新たな議論を拓くものである。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 大石 和欣 / 2025)
本の目次
第I部 コウルリッジの眺望図
第1章 伝記・レースの切れ端――コウルリッジが描いた知の軌跡(大石和欣)
第2章 著作と特徴・反響する生命の言語――コウルリッジ思想とロマン主義における位置づけ(大石和欣)
第II部 コウルリッジの哲学と人文知のかたち
第3章 オイコノミアの思想――福祉の安寧と自由な知の探究(大石和欣)
第4章 「遊戯」を通して神を知る――超越論者の美的教育論(和氣節子)
第5章 観想と批評――コウルリッジ,デリダ,そして崇高(デイヴィッド ヴァリンズ/騎馬秀太 訳)
第III部 宗教と科学教が交わる人文知と生の哲学
第6章 生きた信仰の軌跡――合理主義と神秘的直観を統合する試み(直原典子)
第7章 有機的生命――『生命論』におけるダイナミズム(勝山久里)
第8章 「アレゴリック・ヴィジョン」が示すもの――「老水夫行」再考に向けて(藤井佳子)
第IV部 コウルリッジの詩学と響きあう人文知
第9章 響きあう省察――『省察への導き』の出版にみる読者と編集者の対話(園田暁子)
第10章 内なる風景/内なる詩想――ワーズワスとコウルリッジの知覚表現(吉川朗子)
第11章 「風に助けられることなく」――会話詩の静かな革命(アルヴィ宮本なほ子)
あとがき エラノス会議とボーリンゲン叢書(大石和欣)
関連情報
小田川大典 (岡山大学) 評 (『イギリス哲学研究』第45号 2022年)
https://doi.org/10.24587/sbp.2022_035
安斎恵子 (お茶の水女子大学) 評 (『イギリス・ロマン派研究』第45巻, pp. 75-77 2021年)
https://doi.org/10.18986/eer.45.0_73
<本の棚> 吉国浩哉 評 (『教養学部報』第620号 2020年7月28日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/620/open/620-02-2.html

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