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書籍名

外交と移民 冷戦下の米・キューバ関係

著者名

上 英明

判型など

366ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2019年

ISBN コード

978-4-8158-0948-5

出版社

名古屋大学出版会

出版社URL

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外交と移民

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米・キューバ関係といえば、みなさんが最初に思いつくのは1962年のキューバ危機でしょうか。あのとき世界が最も危険な核戦争に近づいていたことは、よく知られている通りです。しかし、そもそもキューバ危機はなぜキューバをめぐって起こったのでしょうか。また、この危機の後、米・キューバ関係はどのような展開を見せたのでしょうか。
 
私がこのような疑問を抱いたのは、駒場の前期課程に所属する学生だった時です。そこで米・キューバ関係について学び始めたのですが、しだいに理論では説明がつかない様々な疑問にぶつかり、このテーマに魅了されていきました。修士課程、そして博士課程へと進み、中南米研究や北米研究、国際関係史や移民研究に手を出し、気づけば本書が出来上がっていたというわけです。
 
もちろん、米・キューバ関係については膨大な量の先行研究があります。しかし、よく見ると、いずれも合衆国側の史料を用いたものばかりで、キューバ側の史料を分析したものはほとんど皆無でした。それもそのはず、アメリカ合衆国は、2014年12月にオバマ大統領が動くまで、頑なに国交の回復を拒んでいたのです。現実の国際関係が改善されないことを背景に、学術研究そのものも停滞していました。
 
では、なぜ国交の回復がそれほどまでに遅れていたのか。アメリカ合衆国は、冷戦期においてすでに中国とは国交を回復していましたし、悲惨な戦争の相手となったベトナムとでさえ、冷戦終結後に経済関係を築いていきます。にもかかわらず、キューバに対しては経済制裁や渡航規制を強化してきました。
 
そこで本書があらたに注目したのが、在米キューバ人社会の政治的影響力です。1959年のキューバ革命以来、キューバの革命政権に反抗する勢力 (いわゆる反革命勢力) は、米国のフロリダ州に集まり、ロビー活動や選挙政治を通じて国交正常化への反対を唱えてきました。いわば革命戦争に敗れた勢力が、国外に移住した後も故国の情勢に介入し続けたために、キューバの内戦は国境を超え、延長戦に突入したかのような様相を見せたのです。
 
こうした点を踏まえ、本書では、通常の外交史・国際関係史とはまったく異なるアプローチを取りました。まず、米・キューバ関係の分析にあたり、二つの国家中枢にあたるワシントンとハバナで膨大な量の史料を入手し、分析しました。それに加え、反革命の拠点となったマイアミでも、中心的な役割を担った団体の史料を収集し、研究を進めました。
 
このように、本書の最大の特徴は、通常であれば二つの政府のやりとりで済む外交の話をわざわざ移民社会をまじえた三角関係として捉え直したことにあります。もちろん、これは多大な労力を要しますし、真っ向からぶつかり合う世界観を持つ人々に実際に会いに行き、その話に耳を傾ける必要がありました。しかし本書においては、こうでもしなければ米・キューバ関係の歩みを理解することは到底できない、という主張を展開しています。
 
さて、近年、アメリカ合衆国に居住する中南米系移民の数はゆうに五千万を超え、黒人人口を上回るばかりか、州によっては白人人口をも圧倒しつつあります。この「移民」(Migration) が生み出す変化は、アメリカ合衆国、そして移民を輩出する中南米諸国の「外交」(Diplomacy) や国際関係にどのような影響を及ぼすのでしょうか。歴史が好きな人だけでなく、未来に関心があるという方にもぜひ本書を手に取ってくださればと思います。
 

(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 准教授 上 英明 / 2021)

本の目次

 凡 例
 地 図
序 章
     本書の意図 —— 人の移動と外交
     本書の研究視角と手法 —— 先行研究を超えて
     本書の構成

第1章 革命と反革命
      —— ワシントン、ハバナ、マイアミの三角関係
     革命という名の過去との決別
     キューバ革命とアメリカ合衆国
     同時進行する反革命運動
     米国政府と反革命勢力の「同盟」
     イデオロギー闘争への戦術的変更
     国境をまたぐ革命運動
     経済封鎖と人の移動 —— 1965年カマリオカ危機
     マイアミにおける移民社会の形成
     移住者と故国
    「テロ」の意味 —— ハバナからの視線
     おわりに

第2章 暴力の遺産
      —— 米・キューバ関係とカリブ海のテロリズム
     キューバ革命、成熟と安定へ
     軍事侵攻の狼煙
     イギリス、アルファ66と対峙する
     米国政府の変心
     フィデル、PIPを始動する
     キッシンジャー、秘密協議を開始する
     自負と偏見
     フォード、キューバ票をとりこぼす
     テロリズム・メイド・イン・アメリカ
     席巻する反革命テロ
     バルバドスの犯罪の余波
     フィデル、対話継続のシグナルを送る
     おわりに

第3章 対話の機会
      —— ジミー・カーターとフィデル・カストロ
     フィデルからカーターへの伝言
     カーター、対話外交に着手する
     マイアミの人道問題
     マイアミのテロ問題
     ブレジンスキー、アフリカと経済制裁を連環させる
     フィデル、米国社会に働きかける
     フィデル、「キューバ版ネップ」を構想する
     秘密協議の開始とその限界
     フィデル、在外キューバ人社会との対話を進める
     対話の帰結(1)—— 政治囚の釈放と出国
     対話の帰結(2)—— 帰国する家族たち
     対話の帰結(3)—— マイアミのキューバ人たち
     大統領指令第52号
     マリエル移民危機の幕開け
     おわりに

第4章 危機の年
      —— 移民管理をめぐる米・キューバの外交闘争
     マイアミ、ワシントンを無視する
     キューバとの「新しい形態の戦争」
     フィデル、態度を硬化させる
     カーター、仕切り直しを迫られる
     カーター、多数派工作に失敗する
     誰がなぜ移民危機に加わったのか
     カーター、混乱の泥沼にはまる
     再び外交に失敗する
     危ぶまれた一触即発の事態
     カーター、外交を仕切り直す
     カーター、ハバナに個人使節を送る
     フィデル、移民危機の停止を決定する
     移民合意に達せず
     おわりに

第5章 反転攻勢
      —— レーガンの登場と反革命の「アメリカ」化
     レーガン、カストロを脅迫する
     キューバ、恐喝をはねつける
     意思疎通なき対話
     レーガンとその「仲間」たち
     マス・カノーサ、カウンター・ロビーを着想する
     CANF、アメリカ政治に参入する
     ラジオ・マルティを準備する
     レーガンのアキレス腱
     国外送還のための秘密軍事作戦
     おわりに

第6章 共存と対立
      —— 移民交渉とラジオ・マルティが意味するもの
     変わりゆくソ連とキューバの関係
     レーガン、グレナダ介入を祝う
     再び、軍事作戦を検討する
     なぜ交渉が開始されたのか
     移民協議をめぐる思惑の違い
     1984年移民合意に向けて
     始まらないラジオ放送
     マス・カノーサの苛立ち
     フィデルの広報外交
     ラジオ・マルティ、放送を開始する
     三角関係のダイナミクスがつづく
     おわりに

第7章 膠着の継続
      —— 冷戦終結と反革命勢力の政治的台頭
     冷却する米・キューバ関係
     世界は本当に変わったのか
     強大化するCANF
     CANF、ポスト・カストロの夢を語る
     岐路に立つキューバ
     ブッシュ、ベーカー提案を却下する
     現状維持という選択(1)—— テレビ・マルティ放送を継続する
     現状維持という選択(2)—— 軍事不侵攻を宣言する
     CANF、社会主義の終焉を予告する
     コミュニティの声をめぐる闘争
     忠誠、抗議、退出 —— 政権転覆のジレンマ
     畏れおののくフロリダ
     キューバ民主化法案をめぐる討論
     追い詰められた大統領
     もう一つの「プラヤ・ヒロン」
     おわりに

終 章
     グローバル冷戦時代の「移民管理」
     史料分析によって浮かび上がる「移民政治」
     対立と紐帯 —— 革命と反革命が彩る中南米の冷戦
     おわりに —— 和解に向けて
 あとがき
 注
 文献一覧
 図版一覧
 索 引
 

関連情報

原著:
Hideaki Kami “Diplomacy Meets Migration US Relations with Cuba during the Cold War”(Cambridge University Press刊、2018年6月)
https://www.cambridge.org/core/books/diplomacy-meets-migration/334B2ED9D384414BBEF74D2B714FA871
 
受賞 (原著『Diplomacy Meets Migration』での受賞):
第35回 大平正芳記念賞 (公益財団法人大平正芳記念財団主催 2019年6月12日)
http://ohira.org/35-titlewinner/2/
 
第24回 清水博賞 (日本アメリカ学会 2018年)
http://www.jaas.gr.jp/award_shimizu.html
 
関連記事:
ベラルーシ版「ハイブリッド戦争」、EU外交と難民危機 (岡部みどり研究室 2021年11月19日)
https://www.miokabe.com/post/%E3%83%99%E3%83%A9%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E7%89%88%E3%80%8C%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%89%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%80%8D%E3%80%81eu%E5%A4%96%E4%BA%A4%E3%81%A8%E9%9B%A3%E6%B0%91%E5%8D%B1%E6%A9%9F
 
研究レポート:上 英明「人の移動とエコノミック・ステイトクラフト~マリエル危機を例に」 (公益財団法人 日本国際問題研究所 2021年8月16日)
https://www.jiia.or.jp/research-report/economy-security-linkages-fy2021-03.html
 
論文:上 英明「外交から国内政治へ――移民交渉、ラジオ・マルティ、および米・キューバの対立が冷戦後に持ち越されたことについて」 (『ラテンアメリカ研究年報』No.36 2016年)
http://www.ajel-jalas.jp/nenpou/back_number/nenpou036/pdf/36-063_kami.pdf
 
イベント:
研究会チーム「南北アメリカの歴史、社会、文化」 (中央大学 2019年11月30日)
https://www.chuo-u.ac.jp/research/institutes/culturalscience/archive/2019/
 
書評会「冷戦期アメリカにおける移民とキューバ外交——Diplomacy Meets Migrationをめぐって」 (立教大学 2019年3月2日)
https://www.rikkyo.ac.jp/events/2019/03/mknpps000000sh79.html
 
書評:
Patrick Iber 評  (『Cuban Studies』No.50, p.310-312  2020年)
https://www.jstor.org/stable/27082014?seq=1#metadata_info_tab_contents
 
受田宏之 評 (『アメリカ太平洋研究 = Pacific and American studies』第20号p.167-172 2020年3月)
https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/54587#.YihLjt_P2Uk
 
桜井敏浩 評 (『ラテンアメリカ時報』No.1428 2019年秋号)
https://latin-america.jp/archives/40718
 
国外学術雑誌に掲載された書評の一部抜粋:
'Kami has fashioned a compelling assessment of Cuban immigration as a factor of decisive policy importance, and thereupon to plumb deeply into the complexities of Cuba-US relations between the 1960s and the 1990s. He answers some old questions and, just as important, he has raised new ones.' Louis A. Pérez, The American Historical Review

'Kami's transnational approach to narrating how Cuban migrants actively shaped the US 'national interest' is valuable to scholars of international migration … To interlace previously disparate threads of Washington, Havana, and Miami’s relationships with one another, Kami draws on an impressive range of sources.' Melissa Hampton, International Migration Review
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/0197918319855071

'Kami's remarkable study reminds us that migration remains a historical constant. Rare is the nation that exists without some portion of its citizens living abroad.' Jonathan C. Brown, Diplomatic History

'Diplomacy Meets Migration is based on an impressive range of sources, including (recently declassified) US and Cuban government archives, records of Cuban-American lobby groups, and supporting materials from the diplomatic records of Canada, Japan, Mexico and the United Kingdom. The insights that Kami derives from these archives, as well as secondary sources that range from diplomatic histories to sociological studies, add up to an original analysis of US-Cuban relations throughout the Cold War.' Jorrit van den Berk, Diplomatica
https://brill.com/view/journals/dipl/1/2/article-p305_305.xml

'Analysts disagree about how to explain a state's foreign policies. One group focuses on the effects the power distribution among states has on the actions of a state; a second group emphasizes the role of domestic politics; and a third concentrates on the ideas and beliefs of the state's leaders. Kami's excellent analysis transcends those artificial boundaries … he identifies the multiple external factors that affected the complex interactions between Havana, Washington, and Miami.' Alex Roberto Hybel, The Americas
https://muse.jhu.edu/article/754830/pdf

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