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白と緑の表紙

書籍名

中世禅宗の儒学学習と科学知識

著者名

川本 慎自

判型など

320ページ、A5判、上製

言語

日本語

発行年月日

2021年2月

ISBN コード

978-4-7842-2000-7

出版社

思文閣出版

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中世禅宗の儒学学習と科学知識

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禅僧、というと深山幽谷でひたすら坐禅修行を行っているようなイメージがある。もちろんそれは正しいイメージではあるのだが、室町時代の禅僧の活動はそれだけではなかった。仏像に色を塗り、庭園に石を立て、寺領荘園に乗り込んで年貢を徴収したり、土倉と一緒になって金融経営をしたりする。静かな坐禅にとどまることなく、さまざまな場所でさまざまな動きをしていたのである。
 
このような「教学」以外の活動をしていた僧は「東班衆」と呼ばれる。東班衆は、一見すると禅とは関係のないような寺院経営のための仕事をしていたが、学問を行う「西班衆」とは対等であるとされていた。禅宗寺院においては、東班衆の仕事も西班衆の学問と同じく修行の一環だったのである。
 
この東班衆の活動は、室町の社会や文化に大きな影響を与えることになる。荘園や金融の経営は室町幕府の財政を支えることとなり、仏像や庭園の管理は美術の制作へ展開して水墨画の全盛期を迎えることとなる。では東班衆はなぜこのような多彩な活動をすることができたのだろうか。東班衆はどうしてこれらの技能や知識を持っていたのだろうか。その問いに答えようというのが本書の目的である。
 
そこで注目したのが、禅宗寺院で行われた「講義」である。日本中世の禅院では、仏典のみならず『論語』『周易』『史記』などの漢籍についても講義が行われ、西班衆も東班衆も熱心にこれを聴講した。禅僧たちが講義内容を筆記したノートは「抄物」と呼ばれるが、これをひもとくことによって、生き生きとした当時の講義の様子を知ることができる。
 
たとえば、『史記』のなかの医師の伝記に関する講義では、治療の様子や方法を詳細に解説し、五蔵六腑の位置を図解したりしている。杜甫の詩の講義では、田園風景を詠んだ詩の解説として、赤米の産地や琵琶湖畔の水田の様子に話がおよぶ。『周易』の講義では、易占の前提として算木を使った計算のやり方を初歩から丁寧に解説している。
 
こうした講義は、本来の漢籍の解説という視点では余談雑談の類ではあるが、受講する禅僧たちからすれば、生きた実用的な知識であった。各地の農耕の様子や計算の方法は、寺領経営をするためには不可欠なものであり、また美術制作や建築・造園にも役に立つものであった。医学の初歩知識が生活に有用なのは言うまでもないが、さらにはその後の禅宗寺院で実際に医師を輩出することにもつながっていく。
 
漢籍の講義という、現代の視点からすると最も実利から離れたように見える世界は、中世の禅僧たちにとっては実用的な知識に満ちあふれていた。この点を本書で感じていただければ幸いである。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 准教授 川本 慎自 / 2021)

本の目次

序章 中世の禅宗と儒学をめぐる研究状況
 
第一部 禅僧の経済活動と知識形成
 第一章 南北朝期における東班僧の転位と住持
 第二章 室町期における東班衆の嗣法と継承
 第三章 禅僧の荘園経営をめぐる知識形成と儒学学習
 
第二部 禅僧の儒学と足利学校
 第一章 中世後期関東における儒学学習と禅宗
 第二章 足利学校と伊豆の禅宗寺院
 第三章 道庵曾顕の法系と関東禅林の学問
 第四章 足利学校の論語講義と連歌師
 
第三部 儒学に付随する科学知識
 第一章 江西龍派の農業知識
 第二章 月舟寿桂と東国の麦搗歌
 第三章 桃源瑞仙と武家故実の周縁
 第四章 禅僧の数学知識と経済活動
 第五章 中世禅僧の数学認識
 
終章 室町の文化から江戸の科学へ
 

関連情報

書評:
菅原正子 評 (『歴史学研究』2022年3月No.1020 2022年3月15日)
http://rekiken.jp/journal/2022jp/
 
竹田和夫 評 (『日本歴史』2022年3月号第886号 2022年3月1日)
http://www.yoshikawa-k.co.jp/news/n3306.html
 
堀川貴司 評 (『史学雑誌』第130編第11号 2021年11月20日)
http://www.shigakukai.or.jp/journal/index/vol130-2021/#back_11
 
書評 (『中外日報』 2021年4月2日)
https://www.chugainippoh.co.jp/

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