東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙に山の文字

書籍名

講談社現代新書 日本人と山の宗教

著者名

菊地 大樹

判型など

304ページ、新書判

言語

日本語

発行年月日

2020年7月15日

ISBN コード

978-4-06-520620-1

出版社

講談社

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

日本人と山の宗教

英語版ページ指定

英語ページを見る

いままでに山の宗教と日本人・日本文化の関係を論じた書籍の中には、山の古典として味わい深いものも多数ある。これら先人の築き上げた〈秀峰〉を前に、いまふたたび山の宗教を問う意味とはなんだろうか、というのが本書の出発点だった。しばらく悶々と考え続けた挙句、やはりいままでに体験してきたいくつもの山との出会いを率直に思い出し、その場所から筆を起こすのが今日を生きる私にとって一番自然だと思うに至った。
 
いっぽうで、歴史学という分野に身を置きながら日々研究をつづける立場の私からは、山の宗教からどのように過去を振り返り、また今日の社会になにを問いかけるか、ということもまた、大きな〈山塊〉として横たわっている。そこで従来の研究を紐解くと、どちらかといえば原始以来変わらない超歴史的な山の宗教の基層を見出し、すでに失われた文化としてノスタルジックに描写するスタイルが多いことに気づいた。歴史的思考にもとづけば、原始から変わらない基層信仰などを想定するのはきわめて難しいものである。原始・古代から間断なく続く山の宗教の移り変わりを追い、近現代に生きる我々の実感へとなんとか結び付けていくことができないか、これが本書の基本的視角となった。
 
こうした構想のもと、本書では最初に、山の頂点は必ずしも絶対的な信仰の対象ではなかったと問題提起する。こうして山への意識を歴史的に相対化したうえで、裾野の世界の重要性に注目していく。大陸仏教の影響を色濃く受けた古代の山林修行は、この裾野に展開していく。平安時代になると、ここにベースキャンプが作られることで、修行者はさらに深山・高山へと挑戦するようになった。やがて一部の修行者は冬の時期も通じて高山に籠るようになるが、山の宗教の基盤は引き続き里山にあった。
 
この裾野を接点として、中世以降の山の宗教はとくに世俗とのかかわりの中で展開していく。ときには地域権力から王権まで巻き込んで発展し、室町期以降は里山の開発にも主導的な役割を果たしてゆく山の宗教の実態を歴史的に追求し、本書では深山幽谷をすみかとする孤独な山林修行者の従来のイメージに大きな疑問を投げかる。最後に、近世加賀藩の立山支配や播隆上人の槍ヶ岳登山などが緩やかな形で近代のスポーツ・レジャー登山へと接続し、ウェストンから深田久弥にいたる登山観の確立を経て、「山怪」や山ガールなど21世紀の新たな山への展望が開かれるまでを見通してみた。
 
本書は広く山の宗教に興味を持つ一般の読者を対象に、楽しみながら読み進めていただけるように工夫を施した。同時に、史料読解の裏付けや歴史的思考法から離れないように心がけ、アカデミックな歴史研究への窓口となることもひそかに期待している。本書を手に取った読者が、登山道を踏みしめながら今までとは一味違った山の風情に思いを致していただければ嬉しく思う。
 

(紹介文執筆者: 史料編纂所 教授 菊地 大樹 / 2021)

本の目次

 序章
 
第一章 山の宗教の原像
 
第二章 山の宗教の変質
 
第三章 山の宗教と中世王権
 
第四章 山の宗教の裾野のひろがり
 
第五章 山の宗教の定着と近代化
 
 終章

関連情報

著者インタビュー:
登山愛好家が知るべき「山の宗教」、その千年の歴史 (『JBpress』 2020年9月14日)
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/62060
 
著者にインタビュー [菊地大樹にきいた] それぞれの山にそれぞれ神様がいた時代 (シード・プランニングYouTube 2020年9月13日)
https://www.youtube.com/watch?v=7wIBGpIQX9s
 
著者コラム:
日本人はどうして山を信仰してきたか?「山の宗教」の歴史を読み解く (講談社 | 現代新書ホームページ 2020年7月14日)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73884
 
書評:
吉田智彦 評「山の宗教を丁寧に読み解く」 (YAMAKEI Online 2020年10月22日)
https://www.yamakei-online.com/yama-ya/detail.php?id=1201

このページを読んだ人は、こんなページも見ています