博物館の未来を考える
「博物館の未来を考える」だなんて、大きく出たものだ。本書のタイトルを見て、そう思う人も少なくなかろう。
だが、大きく出る必要があった。本書が刊行された2021年8月、博物館法の改正に向けての議論が本格化していた。その議論に直接ぶつけねばならず、またぶつけたかったのである。
文化審議会に博物館部会が設置され、博物館の振興に関する検討を開始したのが2019年11月。博物館の振興と言っても、直近で目指すのが博物館法の改正ということは、関係者全員わかっていた。
1951年に制定された博物館法は、幾度にわたる小さな法改正を重ねながらも、抜本的な改正に至らぬままに70年が経過しようとしていた。この間、同法は形骸化し、時代の流れに取り残されていった。そもそも全国に202館しか博物館がなかった1951年に成立した同法が、5,738館に膨れ上がった今日の博物館の状況にそのまま適合できるはずがない。二本柱である登録制度と学芸員制度のいずれも刷新を求めていることは、明白だった。
しかし、70年もの長期にわたって構築された博物館制度は、様々な法令や行政システム、関係団体の調整の上に動いているものであり、法律を大きく変えようとすると、必ずどこかに皺寄せが行く。2008年にも目指された抜本的法改正が、ロビーイングや行政の力学のために失速し、「期待はずれ」に終わったのはこのためである。
だから、今度こそ抜本的な法改正を実現したい。そう考えて、日本学術会議の史学委員会「博物館・美術館等の組織運営に関する分科会」が動いた。まず2020年8月に提言「博物館法改正へ向けての更なる提言~2017年提言を踏まえて~」を発出し、法改正で目指すべきポイントを提示した。国内の議論が見落としがちな海外の博物館制度も参照事例として示した。
そして、この主張を文化審議会博物館部会と、その背後にいる文化庁、そして博物館制度に関心をもつ諸団体にも届けたいとの思いから、2021年3月にシンポジウム「今後の博物館制度を考える:博物館法改正を見据えて」をオンライン開催した(全日本博物館学会、名古屋大学人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センターとの共同主催)。シンポジウムの反響は大きく、約800名の申込みがあり、当日は常時約500人が参加してくれた。本書『博物館の未来を考える』は、このシンポジウムでの発表と討議内容をまとめたものである。
手前味噌になるが、本書は2022年4月の通常国会で実現した博物館法の改正に影響を与えたと信じている。具体的にどのような影響を与えたかを、本書を通してぜひ考えてもらいたい。
しかし、その影響は限定的であった。二本柱の登録制度と学芸員制度のうち、改正されたのは前者のみで、後者は中長期的な課題として先送りされた。
現在、我々は2023年4月の改正法の施行を待っている。もう改正が済んだのだから、本書は賞味期限切れと考えるなかれ。これから進む新たな制度設計において、本書は本領を発揮できる。
本書の最大の特徴は、博物館法のような人文社会科学にとって大きな意味をもつ法律の改正の際に、研究者がどう動けば良いのかのヒントを与えてくれる点にある。日本学術会議の社会的意義が問われている今日だからこそ、人文社会科学の研究者が現代社会のあり方に関する議論に積極的に関与することは大切だ。
学芸員制度の改正が先送りになったのだから、将来研究者たちが動かねばならない機会がまた必ず来る。本書は、その時にもきっと「役に立つ」。
(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 准教授 松田 陽 / 2022)
本の目次
文化政策としての博物館法改正に向けて―その課題と展望― 栗原祐司
博物法改正へ向けての日本学術会議の提言―二つの発出を終えて― 小佐野重利
文化審議会博物館部会における博物館法改正の検討から 佐々木秀彦
ユネスコ博物館勧告・ICOM規約 (博物館定義) から見た日本の博物館法 井上由佳
観光政策と博物館認証制度 松田 陽
間に合う学芸員資格取得者の養成は可能か―新たな学芸員養成課程への課題と展望― 栗田秀法
学芸員を研究職と認定する制度について 金山喜昭
アカデミアの一部としての博物館、社会の中の博物館 佐久間大輔
シンポジウム ディスカッション 芳賀 満 [編]
付録I 博物館法改正へ向けての更なる提言~2017 年提言を踏まえて~
付録II 博物館法審議議事録
付録III 博物館法
あとがき 木俣元一
関連情報
公開シンポジウム「今後の博物館制度を考える~博物館法改正を見据えて~」 (日本学術会議史学委員会博物館・美術館等の組織運営に関する分科会、全日本博物館学会、名古屋大学人文学研究科附属人類文化遺産テクスト学研究センター 2021年3月2日)
https://www.scj.go.jp/ja/event/2021/307-s-0302.html