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書籍名

Routledge Advances in Translation and Interpreting Studies Metalanguages for dissecting translation processes Theoretical development and practical applications

著者名

Rei Miyata, Masaru Yamada, Kyo Kageura

判型など

264ページ

言語

英語

発行年月日

2022年7月6日

ISBN コード

9781032168920

出版社

Routledge

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多少大雑把になるが、近代の科学的知識は「わかる」ことを中心に構成され、科学と併置される「技術」は経験的に「できる」こととしてあったことを「わかる」ことを介して体系的に代替する。ところがここで「わかる」プロセス自体は、わかっていないだけでなく、その極めて限られた領域が明確化された19世紀から20世紀前半以降は、わかることを目指す対象ともほとんどなっていない (心理学は既にそれが何かわかっていることを前提にのみ可能となるので定義上この問いへの解を与えることはない)。例えば、「明日までに読んできて下さい」といったとき、一体何をすれば「読む」ことになるのかをめぐって、それぞれがわかったと思っていることとわかっていることの区別は付いていない。
 
ニューラル機械翻訳 (NMT) による目標言語の流暢度の大きな改善を中心とした進歩は、入口にある起点言語文書と出口にある目標言語文書が与えられればそれをつなぐ部分を与えられたアーキテクチャのもとで学習してくれることにより可能となった。この枠組みでは、(1) 翻訳とは何か・それはどのような手続きでなされるか、(2) それについて機械は何をどう学習したのか、という、「わかる」ことに関わる二つの問いを問う必要はないし、実際、これらの問いは (後者についての研究はあるものの) あまり問われない。ヒューマン・パリティやシンギュラリティをめぐる曖昧な議論はここに生じる。実証的な観点からは、翻訳に関する意識化された認識の解像度が粗いまま語られるヒューマン・パリティは多くの人は気付かないがそれが保たれていることで翻訳が成り立つそのそれを見ないものであるかもしれない。論理的な観点から人間の知性を超える存在については人間の知性を超えているかどうか人間の知性では判断できない。
 
翻訳について粗い解像度しかもたないまま入口と出口でデータを与える前提での技術の改善も、翻訳についてやはり粗い解像度しかもたないまま出口側の個別問題を指摘する中で人間による翻訳を救済しようとする主張も、翻訳の専門家が実際の翻訳を通して支えてきた翻訳が翻訳であるために求められる要件を満たしたものになっていない可能性はあり、そのような中で技術が翻訳プロセスに不用意に取り込まれると人類が構築してきた翻訳というものがそもそもどのようなものであったかが失われる可能性がある。この状況に対して必要な対応は、トップレベルの翻訳者を無形文化財として保護することではなく、翻訳の要件を満たした翻訳がどのようなものであるか、どのようになされるかを「わかる」こと、実際にはその手前で「わかる」ことを可能にする条件を整えることである。
 
本書は、以上のような背景で筆者らが進めている科学研究費補助金基盤 (S) (課題番号19H05660) の前半における主要成果の一つをまとめたもので、翻訳のプロセスを語るために必要なメタ言語の整理を中心に、その適用、技術との関連を扱う論文からなる。メタ言語は翻訳プロセスを計測し記述する尺度の基盤であり、翻訳論やMT研究、翻訳実務の中でなされてきたこの方向への具体的な展開を踏まえ、今後の関連研究を展開する道具と位置づけられる。翻訳を扱っているが、問いと方向性は「わかる」ことを対象化しようと試みる他の領域でも参考になるかと思う。
 

(紹介文執筆者: 教育学研究科・教育学部 教授 影浦 峡 / 2022)

本の目次

1. Introduction Rei Miyata, Masaru Yamada, and Kyo Kageura
 
Part I. Translation Knowledge and Metalanguages

2. Metalanguages and Translation Studies Kyo Kageura, Rei Miyata, and Masaru Yamada
3. Overview of Metalanguages and Translation Processes Masaru Yamada and Nanami Onishi
4. Metalanguages in Translator Education Hui Piao, Masaru Yamada, and Kyo Kageura
 
Part II. Core Sets of Metalanguages

5. Metalanguage for Translation Project Management Nanami Onishi and Masaru Yamada
6. Metalanguages for Source Document Analysis: Properties and Elements Rei Miyata and Takuya Miyauchi
7. Translation Strategies for English-to-Japanese Translation Mayuka Yamamoto and Masaru Yamada
8. Designing a Metalanguage of Translation Issues Atsushi Fujita, Kikuko Tanabe, and Chiho Toyoshima
9. Metalanguage for Describing the Effects of Revisions Rei Miyata and Takuya Miyauchi
 
Part III. Practical and Pedagogical Applications

10. Modeling the Process of Translation using Metalanguages Masaru Yamada, Kyo Kageura, and Rei Miyata
11. Implementing and Validating a Metalanguage of Translation Issues in Translation Education Atsushi Fujita, Kikuko Tanabe, Kaemi Tanaka, and Mayuka Yamamoto
12. Incorporating the Source Document Property Metalanguage for Translation Education Hui Piao and Kyo Kageura
13. MNH-TT: A Translator Training Platform that Incorporates Metalanguages Kyo Kageura, Takeshi Abekawa, and Masaru Yamada
14. Managing Clients’ Expectations for MTPE Services Through a Metalanguage of Translation Specifications: MPPQN Method Akiko Sakamoto and Masaru Yamada
15. A Customisable Automated Quality Assurance Tool: Case Study of Use in English-to-Japanese Patent Translations Junya Nitta
16. Natural Language Processing Techniques for Translation Atsushi Fujita
 

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