実践 Pythonライブラリー Pythonによるマクロ経済予測入門
かつては利用が困難であった高頻度・高粒度データや非伝統的なオルタナティブデータ等のビッグデータを活用した経済学分野での実証研究が近年積極的に進められている。こうしたビッグデータを用いることで抽象的な解釈にとどまっていた様々な経済事象についても、具体的な分析が可能となり、その成果は政策評価やビジネスへの実装といった形で実社会へ還元されている。例えば、クレジットカードの決済データを用いた人々の消費行動に関する分析、スマホの位置情報から得られる人流データを用いたコロナ禍の公衆衛生上の措置に関する政策評価、テキスト・画像音声情報を用いた金融経済予測、サプライチェーンや銀行与信に関する高粒度取引データを用いたネットワーク分析など、枚挙に暇がない。
本書は、こうした近年の経済データ研究の様々な進展の中で、特にマクロ経済予測に焦点をあてた入門書である。経済予測を行う際、現在と過去に関する情報が多いほど将来予測の精度が高まると考えることは自然な発想であり、ビッグデータを用いた実例も飛躍的に増加している。もっとも、ビッグデータの分析では、現在と過去の挙動に対する説明力を重視しすぎると、将来予測の精度が逆に悪化してしまうという過学習の問題が生じてしまう。そのような過学習問題を避け、大量の情報の中から重要な予測因子を抽出するために動学因子モデルや機械学習は有用であり、本書はこうしたビッグデータの環境下でも利用可能なマクロ経済予測手法の習熟を目標としている。特に、本書を読み終えた読者がすぐにでも現実のデータを用いて経済予測を始められるよう、プログラミング言語Pythonを用いた実践演習にも十分な紙幅を割いた。読者には本書の内容を理論と実践の両面で習熟してもらい、研究や仕事で直面する経済予測の様々な問題に対処できるようになることを期待している。
人生はランダムウォークであるという見方がある。かつてスティーブ・ジョブズ氏が大学で受講したカリグラフィーの知識がMacコンピュータのフォント設計に活かされ、後のアップル社の創業に続く事例のように、人生でたまたま巡り合ったものが、その後の一生に恒常的な影響を与えることがある。本書を偶然手にした読者にとっても、本書が読者の心に秘めた革新的ビジョンや素晴らしいアイデアを実現する一助となれば幸いである。
(紹介文執筆者: 経済学研究科・経済学部 教授 新谷 元嗣 / 2024)
本の目次
1.1 AR(1)モデル
1.2 定常性と自己相関
1.3 AR(1)モデルの予測
1.3.1 パラメータが既知の場合の予測
1.3.2 パラメータが未知の場合の予測
1.3.3 直接予測
1.4 AR(p)モデルの予測
1.5 ラグ次数の選択
1.6 行列演算による推定量と予測の導出*
1.6.1 OLS推定量
1.6.2 行列による反復予測の計算
1.7 Pythonの実践演習
2. マクロ経済データの変換
2.1 線形変換と非線形変換
2.2 階差変換
2.3 季節調整と移動平均
2.4 HPフィルタによるディトレンド
2.5 単位根検定*
2.6 ビバリッジ・ネルソン分解によるディトレンド*
2.7 UCモデルによるディトレンド
2.8 Pythonの実践演習
3. 予測モデルの選択
3.1 サンプル内予測とサンプル外予測
3.2 予測精度比較とディーボルド・マリアーノ検定
3.3 VARモデルの予測
3.4 グレンジャー因果性検定
3.5 混合頻度データを用いた予測
3.5.1 ブリッジモデル
3.5.2 MIDASモデル
3.5.3 MF-VARモデル
3.6 合成予測
3.6.1 算術平均による合成予測
3.6.2 最適合成予測
3.6.3 OLSによる最適合成予測
3.7 ベイジアン・モデル平均*
3.8 Pythonの実践演習
4. 動学因子モデルの予測
4.1 動学因子モデルと最尤推定
4.2 主成分分析と動学因子推定*
4.2.1 残差平方和の最小化による定式化
4.2.2 共通因子の分散の最大化による定式化
4.3 共通因子数の選択
4.3.1 情報量規準による選択
4.3.2 固有値による選択
4.4 主成分回帰による動学因子モデルの予測
4.5 混合頻度データを用いた動学因子モデルの予測
4.5.1 動学因子モデルとカルマンフィルタによる混合頻度データの欠損値補完
4.5.2 因子MIDASモデル
4.6 Pythonの実践演習
5. 機械学習の予測
5.1 正則化推定量
5.1.1 ラッソ
5.1.2 リッジ回帰とエラスティックネット
5.1.3 高次元ARモデルと高次元VARモデルのラッソ推定
5.2 サポートベクトル回帰*
5.3 交差検証とブートストラップ*
5.3.1 交差検証
5.3.2 時系列データと交差検証
5.3.3 ブートストラップ
5.3.4 時系列データとブートストラップ
5.4 回帰木とアンサンブル学習
5.4.1 バギングとランダムフォレスト
5.4.2 ブースティング
5.4.3 スタッキング
5.5 ニューラルネットワーク
5.5.1 順伝播型ニューラルネットワーク
5.5.2 畳み込みニューラルネットワーク
5.5.3 リカレントニューラルネットワーク
5.6 テキストデータを用いたマクロ経済予測*
5.6.1 テキスト情報の指数化と予測
5.6.2 テキスト情報を用いた機械学習の予測
5.7 Pythonの実践演習
おわりに
参考文献
索引
関連情報
テキスト情報と機械学習を用いた景気動向分析 (内閣府経済社会総合研究所『経済分析』第208号 2023年10月)
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/bun/bun208/bun208g.pdf
https://www.esri.cao.go.jp/jp/esri/archive/bun/bun208/bun208.html
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