東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

白い表紙にモノクロの昔の写真

書籍名

NHKブックス No.1279 争わない社会 「開かれた依存関係」をつくる

著者名

佐藤 仁

判型など

320ページ、 B6判

言語

日本語

発行年月日

2023年5月25日

ISBN コード

9784140912799

出版社

NHK出版

出版社URL

書籍紹介ページ

学内図書館貸出状況(OPAC)

争わない社会

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科学技術がどれだけ進歩して、人類の知の総量がどれだけ増しても、人間同士の争いはなくならないようです。かつての争いの多くは貧しさの中から生じていました。いまは、豊かな者同士も争う世界になっています。いったん争いが大きくなると、それを止める知恵を私たちは持ち合わせていません。これも残念ながら私たちが近年の国際紛争から学んだ教訓です。たとえ人間社会から争いを根絶することはできないとしても、その暴力的なエスカレートを予防する工夫はないものでしょうか。 
 
本書は、「自立」や「競争」を強調する近代化の過程ですっかり弱体化した「中間集団」を育むことが争いの予防に役立つという仮説を提示します。中間集団は、国家の「出先」になることもありますが、逆に、人々の連帯の結節点として権力に抵抗したり、異議申し立てをしたりする母体にもなります。争いがエスカレートしてしまうのは、このような中間集団が機能せず、権力を支える人々の依存関係が国家と個人に二極化してしまっているからです。国家と個人の間の中間集団の層を厚くし、依存先の選択肢を増やすことによって、支配に抗うことのできるような依存関係を構築できるのではないでしょうか。
 
歴史を振り返ってみれば、人類にとっての大きな不幸は、人民を代表しているはずの政府が自らの国民に暴力を振るう場合でした。アジアの歴史をみても、たとえばカンボジアのポル・ポトは300万人の自国民を虐殺したと言われ、インドネシアのスハルトも数十万ともいわれる共産主義者の粛清を行っていたことがわかっています。驚くべきことに、こうした残忍な行為は国際社会によって黙認されるどころか、むしろ支援されて続いていたものでした。ポル・ポト政権に対しては常に中国の支援がありましたし、スハルトには米国や日本の支援がありました。こうした独裁政治は、異質なリーダーによる特異な振る舞いではなく、それを下支えする権力の体制と、国際社会の支援によって成り立っているのです。
 
圧倒的な権力の一元化こそ、さけるべき政治体制であるとするなら、そこにブレーキをかける中間集団の存在が欠かせません。もちろん、中間集団は、外から見えにくいゆえにその内部で暴力が蔓延することもあるでしょう。学校でのいじめや企業での人権侵害がなかなか排除できないことを私たちは知っています。そこで本書では、複数の中間集団に頼ることのできる社会のしくみを提案します。会社やNPO、地域の自治会や労働組合、様々なクラブなど、人は複数の中間集団に同時に帰属することができます。こうした中間集団の層を厚くしていくことが、いつ起こるともわからない権力の一元化を防ぎ、個人を守ることにつながると思うのです。
 
従来型の経済発展に対する反省から生まれたSDGsは「誰一人取り残さない」と言いながら、「何から」取り残さないかについて語っていません。依存先を失った人々は脆弱で、孤立しがちです。いまこそ、困ったときに頼り合うことができる「開かれた依存関係」を作り直すべきと考えます。本書は、近代化の過程で悪者扱いされてきた「依存」の価値を再発見し、争いの根源にある「分ける」発想を乗り越えようとする試みでもあります。
 

(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 教授 佐藤 仁 / 2023)

本の目次

 序章 争わないための依存
 
I部 発展の遠心力――「自立した個人」を育てる
 
 第1章 競争原理――規格化される人々
 第2章 社会分業――特技を社会に役立たせる
 第3章 対外援助――与えて生まれる依存関係
 
II部 支配の求心力――特権はいかに集中するか
 
 第4章 適者生存――格差を正当化する知
 第5章 私的所有――自然をめぐる人間同士の争い
 第6章 独裁権力――依存関係を閉じる言葉
 
III部 依存の想像力――頼れる「中間」を取り戻す
 
 第7章 帰属意識――踏みとどまって発言する
 第8章 中間集団――身近な依存先を開く
 第9章 依存史観――歴史の土を耕す
 

関連情報

自著解説:
東洋文化研究所教員の著作 (東洋文化研究所ホームページ 2023年6月13日)
https://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/news/news.php?id=TueJun130527422023

NEW!講義:
高校生と大学生のための金曜特別講座:「争わない社会」への国際協力 (東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 2024年6月28日)
https://high-school.c.u-tokyo.ac.jp/lecture_time/2024s.html

書評:
下村恭民 (法政大学) 評「考え続ける」ということ (『国際開発研究』32巻2号p.76-84 2023年11月30日)
https://doi.org/10.32204/jids.32.2_76
 
橋本努 (北海道大教授) 評「多様な依存で孤立回避」 (新潟日報 2023年7月30日)
 
雑賀恵子 (社会学者) 評「開かれた依存関係へ」 (『長野日報』『島根日日新聞』 2023年8月1日)
 
BOOKSニュース (『日刊ゲンダイ』DIGITAL 2023年8月15日)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/327494
 
[読書] 社会科学 争わない社会 佐藤仁著 孤立を避ける多様な依存 (『沖縄タイムス』 2023年7月22日)
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/1190957
 

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